2009-10-01から1ヶ月間の記事一覧

法句選 #19(四大難事)

『四大難事』 自分の意志でもなく生まれる これはお与えというより外ない しかも学ぶまでに成長するとは あれこれ人生の意義を求めるが 仏教の真理正法にご縁が出来る これはよくよくの事に違いない 真理正法による自己統一の ブッダ釈尊が世に出現する これ…

自信確信

『自信確信』 自信確信をもって生きる 漠然とした不安で生きるよりは 確実な行き方を誰でも望むはずだ 自信確信は仕事上だけではない 仕事の出来不出来だけで考えるのは 人生そのものへの感性が不足だからだ 自信確信を持つにはどうするか 大いなるものに支…

生き方メッセージ #18(前進)

『前進』 よりよき前進 例え一歩でも二歩でも 前進してこそ人生なのだ 意気揚々の時もある じっと耐える時もある 決意を試される時もある 後返りの苦しみを持つよりは 前進の努力の方がずっといい そこに希望の輝きがあるからだ [前進] 仕事をする上におい…

うたた寝の叱り手もなき寒さかな(一茶)

老師のお叱り覚悟で挑戦します。「三宝聖典」この活用が師の願いであり、500部は遺族により印刷されたものの、20年近くが過ぎてしまいました。このブログを始めるにあたっても、始めてからも、「三宝聖典」は考慮外でした。手に負えないものとの逃げも…

仏教による幸福への成功方式 #48(第六章ダンマ 実相 無明と佛性 )

無明と佛性 この根源を空として、物化の因とすれば一応そうかなと思えますが、では何故空があやまれる因縁を含んでいたかということが疑問となります。この空とは、物化と心化の因を含んだものですから、心性から見れば未だ欲を生み出していない時を仏心とし…

三宝聖典 第一部 第一項 三宝

第一項 三宝 「アーナンダ(阿難)よ、もしおんみに法を聞かんと願う者ありて、おんみみずから、慈しみをもってかれらを導かんとなすなれば、かれらをして三つの所へ向かわしめ、入らしめ住せしむべし。 第一はブッダ(仏陀)へのこわれざる信仰なり。『ブッ…

神道原理

『神道原理』 成り成りての生成真理は 日本神道の原理であるが 仏教の縁起真理と共通する 生成真理は物欲繁栄ではなく 生存価値への自覚をもたらし 清明和御魂の達成を目的とする 神ながらのいや栄の道とは 付随し易い私欲をみそぎして 生成真理を共に顕現す…

仏教による幸福への成功方式 #47(第六章ダンマ 実相 すべての根源、空 )

すべての根源、空 世界はずつと続くか、死後の霊魂はあるかなどの形而上学的な問題は覚りそのものに関係しないし、体験の出来ないことであるからとして教えられませんでした。すべては関係し合って変化してゆくので、すべての根源とか、創造主などというもの…

法句選 #18(聞法の縁)

『聞法の縁』 人間のすじ道真実を聞く それは余程のご縁であろう ましてや釈尊の仏教ともなれば 一切は縁生縁滅するとの理法は 人間本位の勝手なもので無いが 人間苦悩を滅する理法でもある この理法を聞き知るのでなければ 己の知恵を全うする事は出来ない …

生き方メッセージ #17(相対・絶対)

『相対・絶対』 物ももの事も総て相対的である 幸福であろうと不幸であろうと こうでなければという事はない 総てが相対的であるという事は 絶対的な一つの真理理法である こうした把握は是非とも必要だ 絶対な理法に照らし合わせて 相対な現実を見事に生き…

活現

『活現』 活現する所に人生がある 人を活かし物を活かし 環境を活かせば人生は開ける 活現する所に活力がある 目的意識を明確にし強化し 集中する程に活力は増してくる 活現する所に前進がある 他を活かすから己も活かされる 無限とも言える前進が可能になる

たをやめと明治維新 松尾多勢子の反伝記的生涯

もう一つの「夜明け前」と帯書きにあり。 幕末明治の激動期を生き抜いた一人の農民女性の生涯を残された資料に即して丹念に追い、歌人・妻・母・養蚕家・平田門人・勤皇家といったさまざまなアイデンティティをもったその姿を首尾一貫した「人生の展開」に押…

中岡慎太郎と坂本竜馬《薩長連合の演出者》

中岡慎太郎という人物への認識を一変させた、記念すべき本で、引っ越しの際、相当数処分したものの、この本は残っていました。日焼けしてしまい年月も感じさせられる本になっています。中岡慎太郎という名前が先なのが最高です。来年の大河ドラマ「竜馬伝」…

勤労の聖僧 桃水 #21(5、住職時代 その二)

元来、檀家の、仏に対する信仰的態度並びに僧侶に対する布施態度は、一般的にいって寔に、適正に布施心理に於いて、証明せられている。概括的に、その布施心理を掲出すれば、次ぎの如きものとなるであろう。 (イ) 家内安全、無事息災のために。 (ロ) 商…

仏教による幸福への成功方式 #46(第六章ダンマ 実相 実相の分解 )

実相の分解 しかし世尊はこの言葉で示しがたい実相の世界を分かり易く説かれましたので研究しましょう。一人の人間、一本の白墨が姿も力も持ち又同時に因となり果となる十の條件をもっている。この條件は一つ一つのそのものを代表するからその條件同志は平等…

仏教による幸福への成功方式 #45(第六章ダンマ 実相 すべては求心運動 )

第六章 ダンマ「実相」(平等原理) ただ仏陀と仏陀のみ 諸法の実相 きわめたもう。 即ち諸法の 相性体力作 因縁果報 本末は きわまるところ 平等なり。 すべては求心運動 諸法とはすべての法則や、その法則を含みかつ法則によって変化の相を見せる物のこと…

幸福・浄福

『幸福・浄福』 他に施して幸福を得よと 在家者の道を釈尊は教える 神秘な力を願うのではない 人はその行いの報いを受ける 他を喜ばせればその報いがある 他を苦しませればその報いがある 人は観念や願望で生きるのでなく 善悪の行動で生きる者となる事で 幸…

法句選 #17(明かりを求める)

『明かりを求める』 現在がいかに幸福であろうと それが永続する確かさはない 砂上楼閣のようなものだから いかにも幸福そうであろうと それが本物と言えるかどうか 何を根拠にしているだろうか どの様な事態でもグラつかない 輝きに満ちた幸福を求めてゆく …

結局

『結局』 結局は心の在り方持ち方ですね 積極的であるか先延ばし的であるかです 善意的であるか闘争的であるかです 結局は心に宗教があるかないかですね 自分の判断だけでは知れたものです 大いなるものへの敬愛が必要です 結局は心がいかに学んでゆくかです…

生き方メッセージ #16(単純明快に)

『単純明快に』 これからを生きる これは単純な哲学だが この単純さが力となる 自分を生かす これは明快な生き方だが この明快さが頼りになる 互恵的に生きる これは喜びを生み出すが この喜びが人生を形作る [単純明快に] 考えてみれば生きる事は一つだか…

新書庫

場違いな事を始めそうで亡き田辺老師にお叱りを受けそうですが、ごく最近知った維新の女傑と言われた人を一人でも多くの人に知って貰おうと、入手可能な本を注文しました。ネットで調べただけでも、十二分に興味をそそられる人物で、手に入れた本から、どう…

仏教による幸福への成功方式 #44(第五章ダンマ 縁起 自己テスト表 )

自己テスト表 仏教の原理が分かり人生に対する考え方が仏教的になってくると誰でも心が安定して明るい喜びを味わうようになってきます。その心の状態を調べるテスト表を活用して下さい。 一日一回自分の心とぴったりしたところに〇印をつけ翌日又〇をつけま…

勤労の聖僧 桃水 #20(5、住職時代 その一)

五 住職時代 その翌年―即ち、万治元年、能登の総持寺(曹洞宗二大本山のその一つ)で輾衣の式をすました聖僧は、直ちに、大阪の法巌寺に行って住職になっている。前述の嗣法や輾衣やが、聖僧に取っては、自発的なものであったか、それとも恩師宗鉄禅師に勧め…

一切施

『一切施』 先ずは財を施す それにつれて身と心を施す やがては真理法真実を施す 先ずは形を行う それにつれて心が培われる やがて身心理法一体になる 天地一切はすべてを己に施す 天地一切への施しをうながす 天地の理法は一切施と教える [一切施] サンソ…

仏教による幸福への成功方式 #43(第五章ダンマ 縁起 富は具体的につかめ)

富は具体的につかめ 仏教徒は金について時々気持ちが分裂してしまいます。金はけがらわしいと考え、又一方で金がなければ何事も出来ないと考えます。 どちらも正しいのです。金、金と人間性を無視して金に執着すれば、その金はけがれます。執着の念が移って…

釈尊を問う

『釈尊を問う』 釈尊が世に出現されたのは何故かと問う事は 思想や生き方を解する事でなければならない 単なる崇拝や神秘化はその対し方ではない ブッダ世尊と称されるのは何故かと問う事は 何を覚られたかを解するのでなければならない それを理解不可能と…

仏教による幸福への成功方式 #42(第五章ダンマ 縁起 正息法 )

正息法 食は三十日間食べなくとも生きられますが、呼吸は三分間しないと死んでしまうのです。命が血につながるように、生きることは息することなのです。身体 中の古いかすを運んできた静脈は肺の中で呼吸によって古い炭酸ガスを吐き出し、同時に新しい酸素…

釈尊と三宝

『釈尊と三宝』 真の仏教とは釈尊と三宝である それは釈尊の生き方を見習う事 それは三宝への敬信を持つ事だ 釈尊は宗教者として献身をされた 世俗を離れて世俗の正導をされた 人間の真実の生き方がそこにある 三宝は縁起真理の具現体である 三宝こそが生き…

法句選 #16(知恵と実行)

『知恵と実行』 信仰のない仏教論は宗教でない 自己変革がなければ宗教でない 変革行動がなければ宗教でない 釈尊仏教は修道生活の宗教である 修道は信仰を元にした学習である 修道は真理の体験と生活化である 仏教者の生活とは宗教本位である 体得された知…

生き方メッセージ #15(究極の生)

『究極の生』 真理真実があるとすれば それは自分を超えるもの そこに崇高な価値がある 主義主張は人間本位のもの それは堂々巡りとなるもの 自我中心をかきたてるもの 真理真実を体験把握すれば 自我は真我へと昇華されて 人間の究極の生き方になる [究極…