田辺聖恵 の検索結果:

実現 第百三十一号 むなしさを根底に #1 (人生初めの空しさ)

…9年11月1日発行 田辺聖恵 『むなしさを根底に』 ほんとの力 むなしさがわいてこないようでは それをもう一つ突きぬける ほんとの力などわいてもこない 平坦な道ばかり歩いていては いざという時に間に合う ほんとの力などついてもこない 自分に仕事を課しなかったら それこそ酔生夢死 ほんとの人生などになりはしない [人生の初めの空しさ] 善友の息子さん、中一だが『勉強にも力が入らず、何をやりたいという気にもならない』と云う。私もその頃を振り返ってみると、親に聞こえよがしに『つまん…

やる気と人間性 ある経営コンサルタントとの対話 #1 (人間を考える時間を持つ)

…サルタントとの対話 田辺聖恵 「人間を考える時間を持つ」 企業の中で人間ということをどう考えるかという場合に、一応切り離して、人間は人間というものとして考えないと、企業の中で人間は如何にあるべきかとか、いかに人間を考えるかと言っても、どっちに重点があるかということになります。 それは企業のために人間を考えるということだから、企業というか仕事のために人間を考えるという発想になり、人間というものは常に色眼鏡によって見られている訳です。企業というフィルターをかけて人間を考えるわけで…

「三宝」71号 五つの幸福原理 #1(希望原理)

… (三宝会・主幹) 田辺聖恵 人生への疑問を持たない人は、まことに不幸な人であります。幸福になりたいと誰でもが願っているはずなのに、その幸福とは何かということを考えず、したがって本当の実行もしない。それでどうして幸福になれるのでしようか。三宝人間学は、人生への疑問を解き、苦しみを解決し、希望に満ちた生き方を教えてくれます。そして、さらに人生の本当の目的、さらには理想と真実を明らかにしてくれます。 この三宝人間学は、今より二千五百年前、釈尊によって開かれたものです。それは多くの…

「三宝」弟107号 仏教への入信

「仏教への入信」 田辺聖恵 昭和57年8月1日刊 「三宝」弟107号 三宝聖典 第19項 次第説法 仏教に私どもが縁があるという場合、まず在家の家庭世尊はヤサのために、次第に説法したまえり。 「善因みのりて善果を得、悪因みのりて悪果を得、幸いと楽、得んとせば、三宝信じ施をなして、規律を守り、真理へ進みて、正導行ずべし。」 施論・戒論・生天論、諸欲のわざわい・遠ざかりの功徳と法話をすすめたまい、ヤサにたえ忍ぶ心・やわらかき心・さわりを離るる心・歓喜の心・明浄の心、生じたるを知り…

回文57 保障のマイナス (その一)教育の結果を見よ

…和48年9月11日 田辺聖恵 教育の結果を見よ 善友大野文男先生。お便り、コバルト25号、ならびに切手沢山にありがとうございました。 テレビのスイッチは、確に切るためにもあるわけです。当方も三月から画面が出ず、タイプをうつ時だけ聞く位のものです。 久城堀便り、第一号、いいですね。「かじか便り」と同じになりましょうが。このように卒業生に交流することで已の教育の結果を見、それから逆算して、つねに已の教育を是正してゆくのが、本当の教育だと思います。 宣伝にしても、つねにその効果とい…

人間は何のために生きるのか (その一)

…ために生きるのか」 田辺聖恵 宗教といっても色んな宗教がありますから、キリスト教でもあるいは天理教でも宗教といえば宗教ですから、宗教とはこうだというふうになかなか決められない。 私が学んできた宗教としては原始仏教として、それは、人間は何のために生きるかということをはっきりさせるということです。ただ幸せのために生きるというのではないわけです。それは悪いわけではないが、それでは幸せとは何か、考えて行くと段々幸せというのは逆に分からなくなる。 うまいもの食べて、経済的に心配がいらな…

『死縁』 -死を根底とした行き方- 死は突然のもの(1/4)

…根底とした行き方- 田辺聖恵 死は突然のもの 『生あるものは必らず死す』生者必滅、これは深く考える事もなく、ひごろ誰でも□に出すところである。それはことさら教えられての事ではないが、そうして□ならし、心ならしをしているのかも知れない。無意識的に心の順応、準備をするのであろうか。 ところが本物の死は突然にやってくるものである。死は本来突然ではない。来たるべくして来るものである。気付かされる事が突然なのだ、と云い替えるべきなのかも知れない。 私が死に気付かせられたのは中二の時であ…

三宝聖典のあとがき

…心願・初心である。」田辺聖恵師の、この文章を見付けて、あとがきを先に出すべきだったと反省。自費出版の為に、印刷機を購入して体制づくりは整ったものの、現実は遺族により、普通に印刷所での印刷となってしまった。複雑な思いではある。162項の内、まだ11項なのでお許し下さい。法句経の意訳をよく見るようになったが、慣れなのかどうもしっくりこない。関連した部分だけ持っていた南伝大蔵経も押入の中から引っ張り出して万全の体制、再構築。 「三宝聖典 あとがき」 この三宝聖典は、釈尊(ブッダ)が…

プロフィール画像について

内容は私が考え、書は田辺聖恵師が色紙に書いて下さったものです。相田みつを風にと無理な注文付けたりしましたが、やはりご本人の作風でお書きになりました。大きな額に入れた物もありましたが、不注意から落としてしまい、少し破けてしまいました。何という罰当たりなことをしてしまったのかと悔やんでおります。専門家に頼んで表装したいとあらためて思いました。是非そうします。 よりよい 生き方を 求めて 共に考え 共に学び 共に歩む

仏教による幸福への成功方式 #1(まえがき)

…三法のよみがえり) 田辺聖恵著 (とびら) 仏陀と三法が今や,この世によみがえらんとしておられます。 このささやかな一書は、あなたの正しい欲求がすべて貫徹され、生きて生き抜いて死することのなき仏陀の道へと導きます。あなたはやがて、み仏となり給う仏子なのです。 あなたの慈父、仏陀世尊が残せる大いなる遺産,三法のよき相続者となられることを祈ります。 「まえがき」 この本を読まないでよい人―この世、あの世に於いて生きることも死ぬことも、幸福も富も健康も何も求めない人は読んでも無駄で…

寸思湧言 序

序 (不尽)森信三 田辺聖恵氏は、現在わが国の宗教家の中で、わたくしが最も尊敬しかつ親しい関係にある方である。 では何故かというに、氏はすぐれた仏教者でありながら、いわゆる宗門宗派のわくのないことが、何より根本的な特質といってよいであろう。 実際、わが国現時の仏教界の最大問題は、相当にすぐれた人でも、みな宗門のわく内に閉じこもって、いわゆるセクショナリズムの弊は、今や万人周知の事柄といってよかろう。 否、仏教界自身すらそれを自認していながら、なおかつ、それから脱しえないのは、…

未終の記 田辺聖恵

「実践人」主宰の全一学者・森信三先生は、私の恩師であります。その哲学思想、教育性も勿論ではありますが、人を育てることの実践に、一生を貫かれた方として、尊敬と師事をすべき善師を他に見出すことができません。 その学ぶべきことはあまりに多く、よき弟子たり得ないことをたゞ恥じ入る次第ですが、私が、せしめられてのこの「寸思湧言」が生み出された因縁を略記して、ブッダ世尊、諸人師、大自然と真理法一切への感謝の意表とさせて頂きます。 熊本八代に、池田正先生がおられ、佐々木蓮麿師の「法味寸言」…

未発表原稿の公開

…7日に書き上げられた田辺聖恵師の原稿を初公開しようと準備しております。手書きの原稿用紙にして400枚、出版のお気持ちもあったのでしょうが、そのままになっていたものです。コピーさせていただき、ワープロに打ち出しておいたものです。それを製本して数人の知人にはお渡ししていましたが、その程度で終わっておりました。A4で100枚ほどですので、単純にいけば100回以内で収まるのではと計算はしていますが、収まり具合があるのでぶっつけ本番でやってみるしかなさそうです。47年前のものですので、…

自己形成

…てゆく事だ [自己形成] 人間は何の為に生きるのかという疑問を持つ事から人間学習が始まる。「真理の体得」と釈尊は答える。ここを自己目的とした者はその達成法へと進む。この目的と方法をコンパクトにしたのが釈尊の八聖道である。 『自己形成を意図せぬ人生は徒労である』 従来宗教というと、神秘や人間を超越した力を中心にするものとされ、現代人はこれを敬遠ないし蔑視する様になった。釈尊の仏教はこれらと次元が異なる真理中心の自己形成であるから、最も現代人にマッチし、かつ必要とされる。田辺聖恵

自己達成法 #17(結果イメ-ジ)

…のですね。酒タバコ賭けと正しいとか善いとかと関係なく行動するのは、人間が喜びを求める存在だという事を現しています。 正しい事善い事でもそれを行う事によって喜び一杯になるというのでなければ、自発行動にはならないものですね。行動結果が大きな喜びになるという喜びイメ-ジが高まらねば、行動意欲は湧いてきません。人間は感情意欲によって行動する存在であって、理性と行動は直接結び着かないという人間原理を理解する必要があるのですね。感性を高めるとはこういう喜び感度を高める事でしょう。田辺聖恵

自己達成法 #16(知信行セット存在)

…検討更新する必要があります。確信次第では目的の内容変更もあり得るし、行動次第では確信の度合いも変化するからです。 所が順調の時は検討更新の必要を感じないし、不調の時は責めを感じるから検討をしたがらないものです。検討は初期・中期・後期に応じたものでなければならない。しかも客観的知解と主観的更新決断が必要です。客観的知解や決断はかねてに自己訓練を積み重ねて置く必要があります。しばしば時期を失して破局となるのは、達成方式による点検と自己訓練の不足によるものだと考えられます。田辺聖恵

自己達成法 #15(祈念集中)

…いう事は慎みが足りない者とされてきました。所がこの頃は急に個性のある者を求めるとなってきて混乱が始まっていますね。 個性とは自己目的が明確でかつ集中達成能力がある自己性と考えるべきでしょう。何かハッキリしない実行力も余りない人を個性のある人とは言えません。何かクセがあったり変人であったりも個性とは言いません。さてそのいわば期待される自己性(個性)は目的祈念集中によって深層意識が展開活性化し始める事で作られてゆくものです。この決め手である集中力は誰でも練習で増大します。田辺聖恵

自己達成法 #14(感謝は仕事の母)

…まり自分の努力を省いて有利さに乗っかるという傾向です。 さて中年はというと努力一方、仕事に命を懸けるという真剣勝負型、この過激努力は過剰緊張となって慢性疲労消耗となります。つまり人並みにはなりたいという他者志向ですから、これでいいという喜び満足は得られません。従って感謝の心とは無縁になってしまいます。心の豊かさとは感謝や奉仕などが自ずから出来る状態とも言えます。努力と感謝はワンセットで美徳になるので、この頃の種々な問題は感謝とその表現の不足から来ているのが大半ですね。田辺聖恵

自己達成法 #13(深層法)

…を充分には知りません。それには深層意識に通じる練習を多少する事です。白紙を前にして頭で考えず、心の底から湧いてくる思いを静かに待ち、湧いてきたらすぐ書き留め、それについて考えないで又静思を続ける。いわゆる無念無想になる事ではありません。 これが慣れてくると、今度は目的や考えを強く思って深層意識にその内容を送り込みます。深層意識から思いを引き出す方と送り込む方とで深層法であるが、深層法と行動を結びつけると達成能力は驚くほどレベルアップする。一種の精神集中法・強化法です。田辺聖恵

自己達成法 #12(達成原理)

…はてているというのでは自分自身に魅力も感じないことでしょう。 人間はもともと行動的存在ですから常に何か目的意識をもって行動します。幼児は一時もじっとしていません。大人になると行動が鈍るのはくたびれているからですが、そのくたびれとは自分の意に反して行動をせねばならないという事が原因の大半ですね。行動は人間の本質ですがエネルギ-点火を必要とします。人間行動本質を発揮するにはいかに点火熱意を持つかであるが、それには目的に対しての達成原理や方式を学習し身につけておく事が必要。田辺聖恵

自己達成法 #11(人間力)

…なっていない傾向があります。そろそろ人間は人間の為に生きるという自己主役の時代、全員主役の時代になるべきでしょう。 私において私以外に主役はいない。自己主役を考えるならば、それなりの演技力が無ければならないですね。そして演目つまり自己目的が明確となった時、その人はこの地上に唯一人の登場主役となります。従って演技力つまり「自己達成力を常時錬磨」する必要があります。演技力がなければ、たちまち主役をおろされるの普通だからです。その為には人生熱意を持ち続ける事が第一でしょう。田辺聖恵

自己達成法 #10(自己確定)

…るべきだはないでしょうか。私が明日何を食べるかは不確定要素だとしても私が生きているという確定があっての事です。 さて私どもはどの程度に私はこうであるという確定要素を持つでしょうか。余りハッキリしていないのが実情でしょう。世の中が安定的であればそれでも間に合いますが、今日の激しい変動時代では、否応なしに自己確定していないと不適応となる。自分は何の為に生きるのかという自己原理を持たないと、心身共に参ってしまいます。豊かな時代とは変動が激しい事だと考えねばならないでしょう。田辺聖恵

自己達成法 #9(人間活力方式)

…エネルギ-存在なのですね。このエネルギ-というものは何かの働きをする為のものです。その一部分は生存に使われ、大部分は存在価値を発揮する為にあります。従ってその様な行動をしないとシボウという形で余ってしまいます。一種のムダ現象ですね。 私どもはマルチ人間というわけでもないですから、自分の達成目的をグンとしぼって行動達成してゆく事、これは狭い生き方の様だが、一つ達成すれば次ぎが見えてくる展開的生き方になります。こうして自分の活力をフル回転させるのはまさにハイな生き方です。田辺聖恵

自己達成法 #8(手作りグループ)

…いのは、大志を持たなくなった事の現れと言えましょう。 一方で寄りかかり意識を持たない人たちでの小さなグル-プ手作りが始まっています。手作りグル-プはそれが自立的であってしかも連携的であり、時には連動的でもあります。これは民主主義的な原型の発生とも言えます。出来あいグル-プに参加することより、グル-ピングそのものが喜びという事を知り始めたと考えるべきでしょう。そこに主体性があるのですね。この主体性が実は心の豊かさであり、広がりであり、心底からの喜びとなるものなのですね。田辺聖恵

自己達成法 #7(決断・達成・確信)

…他に挨拶するという形を通して、自分の心に明快さを導入しているとも言えましょう。これは善い習慣の一つではあります。 習慣の中で善い悪いの区別は付けにくいものではありますが、いわゆる無気力・無関心・無責任などは悪い習慣に違いありません。自分の生き方に自信を失わせてゆくからです。自信は自分から作る面と他から作られる面とありますが、自分から作る方を主にせねば間に合わない所があります。今日の様に変化が激しい時には「決断・達成・確信」などの心の習慣が特に必要になると言えましょう。田辺聖恵

自己達成法 #6(感謝)

…成→評価のステップをとって得られる充足感動と言えましょう。感謝したくなる程の感動は心のエネルギ-になります。 喜び感謝の心的エネルギ-は次の飛躍エネルギ-となると言えましょう。かりに義務を果しただけでも人は満足します。ましてや是非やりたいという仕事や目的が行動出来る、いくらかでも達成する、それによってそれなりの自己評価や他者評価が得られるなら、まさに感謝々々となりましょう。動物は同じ行動を繰り返すのに、人間は次第に難度を高めて行くのは、喜び感謝が原動力となるからです。田辺聖恵

自己達成法 #5(支援)

…。ある人が価値ある仕事を始める、初めは一人でコツコツやっていても、いつの間にかそれに関心を持つ人が現われます。道端で景色絵を画いていると人が見に来るのはむしろ自然ですね。 ある人の仕事や達成目的に関心興味を持つ人が、時として協力支援をする事があります。それは誰でも価値のある事を自分が主に出来ない場合、支援という事で参加したいからです。良いお店を人に紹介したくなるのは人情です。本当の経営は実はここの所で成り立つのですね。消極であれ積極であれ必ず支援があるはずのものです。田辺聖恵

自己達成法 #4(行動)

…でしょう。また考え型と行動型とでは試行の仕方に違いがあります。考え型は充分に考えて試行を少なくしようとし、行動型は考えを少なくしてやってみなければ分からないとし易いです。 達成ポイント=試行・修正・的中。このポイントにはその人の生き方熱意が関わる。試行と修正は熱意の問題だからと言えます。目的達成への熱意次第で、試行と修正への熱意が違ってくるはずです。熱意感動型でない人はどうしても失敗を恐れ、試行を先き延ばしします。こう考えると人それぞれ達成型と停滞型があるようですね。田辺聖恵

自己達成法 #3(確信)

…こないという次第です。どんなにスモ-ルでも、まず自己を筋道化する事ですね。これが初心。所が私たちは食えるかどうか、結果どうなるかが先行してしまいます。これは未来に属するので不確実、つまり不安材料となるので確信消去をしてしまいます。 真の強力は筋道にあります。たとえば引力が筋道としてあり、世界はこれを根底にして動いています。これには逆らえません。私たちが自己の筋道を作ったとする。すると段階を経て次第に自分なりの確信を形成する。するとこの確信に逆らえなくなる。迫力ですね。田辺聖恵

自己達成法 #2(宣言)

…生きるのではなく、より良き子孫を残す為だという事です。あの美しい鳥の鳴き声、そうした生命目的の為に自己宣言をしているのですね。だからあんなに精一杯、力強く鳴くのでしょう。 人間にとって自己宣言が必要なのはおよそ三点が考えられます。先ず自分を鮮明にする事。自分の実現達成意欲を高める事。自分の深層意識を働き出させる事。つまり有言法「自己鮮明法」とでも言えましょうか。口が重い日本人はこれが下手ですね。この自己宣言によって能力アップする事はもっと真剣に取り組む必要があります。田辺聖恵