田辺聖恵 の検索結果:

不調の哲学

…るのは学びから [不調の哲学] 書店にゆけば成功法の本が溢れている。多くの人が好調で成功してゆくならばこの手の出版は多くないはず。つまり裏を返せば多くの人が実は不調の哲学を持っていないという事だ。それは仕事の問題ではない。 『好調・不調は主として自分の心から』 人類が理性を発達させてきたのは、強い存在でないからその分を補おうとするからだ。もし強いならそのままで押し通すはずだ。この人類の本質的な弱凡性から時として不調を持つ。従ってこの不調性に付き合う生き方学が必要だ。 田辺聖恵

心気充実

…かと [心気充実] 若い人でも時には落ち込むという事があるのだから、心気が自然に充実するという訳でもない。外部からの刺激や影響によって心気充実というのではとかく不安定になるので、自分式の工夫や方式を持つ必要がある。 『日々が心気充実であれば、いわば最高の幸福だ』 心気を充実させるには有意義な達成目的を持つ事が第一だが、慣れによってその目的意識は感動刺激とならなくなる事もある。いわゆるマンネリであろうか。目的と達成行動が連動する所に心気充実があるという事は重要である。 田辺聖恵

自己への学

…となる筈だ [自己への学] 多少は自意識過剰の感じもするが、もの事への学を広げてゆくにつれて、次第に自己への関心が高まってくる。自己の限界感が表面化してくるからだ。能力的な人は外部に向けている目を内に向ける事が難しい。 『学の本質は学そのものを学習する所にある』 学の喜びは未知の解明であるが、その未知の最大が自己と言えよう。従って自己への学こそが学の本質であり本物である。それ以前の学は周辺学というものだ。先ずは過剰文化に埋まっている自分を掘り出す事から始めるべきだ。 田辺聖恵

浄福三宝

…要がある [浄福三宝] 若い時には酒の強さを誇ったりもするが、中年ともなれば健康の重みを実感する様になる。もう一歩という踏ん張りも結局健康次第だからだ。生きる事の目的意識が強まるに従って、健康への取り組みは本格化する。 『生き方の基本がぬければ幸福は実現しない』 幸福が人様々という事は相対的なもので、これでなければという決め手がない事だ。これは自らの学びによって選択熟成する必要がある事を示す。単純に与えられるものではない。そこから和合への参加がより重要になってくる。 田辺聖恵

計に始まる

…した朝への工夫が大事 [計に始まる] 朝からの挨拶を大事にするのは日本人だけと限らないであろう。いくら夜型になってきたとは言え大半の人にとって朝からもの事が始まる事は変わらない。その朝の大切さが年齢と共に増してくるのは何故か。 『計画・期待が自分のエネルギ−源だ』 何らかの計、何か期する所があればその朝の気分は何とはなしに充実を感じるものである。仮に過去の思い出にだけ生きている人は爽快な朝を味わう事が出来るだろうか。朝を大切に出来る人は青春を保っているとも言えよう。 田辺聖恵

創造対応

…ては自己をも更新する [創造対応] 収入の為に仕事すると決めてかかれば固定対応である。仕事には様々な目的や意味があるから対応も一律ではない。この様な多様対応は対応の仕方を更新したり創造したりするのだから一つの創造対応と言えよう。 『自由自立とは創造対応の発揮である』 人間は総てとの関係的存在である以上、対応をぬきにした生き方は有り得ない。その関係が流動的である以上、対応も又選択的でなければならない。その様な能力を与えられているのが人間であり、人間らしさの発揮である。 田辺聖恵

文書画一如

…客和して共に語らう [文書画一如] 松煙墨の青みは墨色というより彩色というべきかも知れない。これに多少の絵の具をあしらえば自ずからのように温雅な画境が展開する。それはしばしば計らいを越えるものなるが故に、水墨画の大きな魅力となる。 『巧拙を越えて文書画一如なり』 水墨画に添えられる書はあまり自己主張をしない。その画境に調和する事を楽しむからだ。選ばれた文言もまた肩肘を張るものではない。文書画が一如となる世界は西洋画には見られないものだ。これこそが調和の魅力であろう。 田辺聖恵

意義と打ち込み

…は深まる [意義と打ち込み] 子供の遊びでもそれぞれ意味がある。何ら考えなければ意味も意義も生じない。幼児期から意味と行動を結びつける所に人間らしさがある。その意味や意義は多様化するが、行動実現とは常にセットである。 『人間に積極が必要なのは充実を求める存在だから』 意味や意義を感じても行動実現が出来ない時に人は苦しむ。逆に言えば行動実現と連動しないような意義などを考えない方が精神衛生的だとなる。人間は行動実現か時に解決行動かの二つを組み合わせて生きる存在だからだ。 田辺聖恵

一芸賛

…のお陰に気付かされる [一芸賛] この道五十年六十年といった人々がしばしばテレビに登場する。七十歳八十歳でも現役という方々が多くなってきたという事だ。これは仕事であろうと芸術の世界であろうと同じ。実に素晴らしい時代になってきた。 『芸術の世界も又時代と共にある』 かつては芸術を貫く事が難しく、それを許される者はごく少数だった。今日はその豊かさで総ての人が何らかの芸術に関心を持ち、自分でも手を染める事が出来る様になってきた。その芸術によって洗練される時代になってきた。 田辺聖恵

  希望楽観

…る [希望楽観] 平気で道が歩けるのは気付かぬまでも楽観があるからだ。殊更陽気な性格でなくても楽観をベ−スにしているから生きてゆける。多少おおげさに言えばこの楽観に支えられての人生だから、感謝すべき事柄なのだ。 『人生は小さな希望楽観か大きな希望楽観かの違いだ』 やる気があるの無いのと言うが、生きているからの事だ。その生きている事が、人間深層から発する希望楽観によるものであるとすれば、少なくとも生きる事において積極的でなければ不自然である。生命そのものが活発だから。 田辺聖恵

趣味栄養素

…人生を実らせる栄養素 [趣味栄養素] 今は料理を云々する場合が多いが、よく出てくるのが隠し味。趣味や遊びは人生そのものではないが、それが隠し味の様に有るか無いかでその人は本質的な違いを見せる。昔は仕事だけで人間評価をしていたが。 『いわゆる高級志向は趣味の圏外』 仕事が趣味化している人もあってそれなりに魅力があるが、趣味にはのめりこむ要素が多分にある。そこで趣味まで云々する以上は仕事+生活+趣味+熟成=ト−タルライフを考える必要がある。人間には破綻要素もあるからだ。 田辺聖恵

呪文

…越える所 [呪文] 人はそれぞれ自分に言い聞かせる呪文を持つべきだ。その呪文の必要を感じるようになった時、その人は自分の道を見いだしたのかも知れない。自分が好んではまり込んだ道にしたってシンドイ所は通るに違いない。 『その事に十年も打ち込めば自分なりの呪文を持つ』 何かの為にと意気込んだものでも結局は自分の喜びの為だ。そう思える様になると悲壮感や力みや恩着せは無くなる。仕事が一種のお恵みとまで思う様になると、有り難さと面白さがチャンポンになって工夫第一になってくる。 田辺聖恵

実り輝き

… 自分だけの世界でないからだ [実り輝き] ミカンだって輝くがあのいかにもつややかな柿の実の輝きには及ばない。柿の皮は包丁を立てにくい程の緊密さだ。だからあんなに輝く。それは時間をかけて特別な旨みを熟成してゆく秘密の仕掛けだからだろう。 『柿の旨さは時間の巧みさだ』 柿の旨みは合成出来ないという。それはあの独特な渋みというプロセスをもっているからだろう。つまり本物の味には時間がいるという事だ。何度かの挫折回復というプロセスが人間を熟成させてゆく話と実によく似ている。 田辺聖恵

学の本質

…習を伝承する[学の本質] 教育という教える発想からは学習の本質がなかなか分からない。教育には予定が先行するが学習には予定がランダム化される事が多い。それは学習が喜び楽しさを先行させるからだ。この違いのどちらに重点を置くか。 『学は学自体として追求されねばならない』 教えが学と対立する事が多いが、教えが喜びを獲得した時、学と同質化する。こうなれば教えは導きとなる。こうして学と導が喜びにおいて同質である時、学・導の系が形成される。この様な方向に教育は変わってゆくだろう。 田辺聖恵

誇り尊重

…して行こう [誇り尊重] 敗戦後の焼け跡で恥じも外聞もなく生きた頃を思うと、今日取り戻さねばならないのは人間としての誇りではなかろうか。高級車も外国旅行もいい、だが心の底にある自己への誇り欲求を忘れる訳にはゆかない。 『先ずは人の誇りを尊重出来る人間になりたい』 日本人の美徳は謙虚である事だったが、それは自己への裏打ちがあっての事だったに違いない。とかく勝ち負け意識になり易い私たちは、この勝つ事で自尊心や誇りを持とうとする。輝かしい未来を持つ事で誇りを持ちたいもの。 田辺聖恵

活性の場

…れが新しい職場だ [活性の場] 一人々々が活かされる、一人々々が誇りをもって打ち込める、喜びを分け合うような職場であれば、それぞれの花が咲き盛るような活性が溢れるに違いない。それはシンドイ労働の場ではなく、共に生きる場だ。 『新鮮な喜びが溢れる場=それが職場だ』 個人であろうと組織であろうと人間が中心なのは至極当然、そう思える時代環境に激しく変化しつつある。情報化時代の本当の意味は、人間が人間らしく仕事をするようになるという事かも知れない。仕事の質が変わる事だろう。 田辺聖恵

考えシステム

…の様に煮詰める [考えシステム] 碁でも将棋でも何をするにしても、作戦と言わぬまでも考えてする。だが考える要領や自分なりのシステムを考える人は少ない。時には「考える」という事そのものを考えて自分のスタイルを作る必要がある。 『先ずは自分なりの考えシステムを考える』 料理に手順が必要という事は手順=考えである事を意味する。目的を紙に書き出すのも資料情報を集めるのも考え手順の一つである。誰でも一所懸命に考える事はするが、ヒラメキをうまくつかむという要領が欠け易いようだ。 田辺聖恵

学導賛

…系にある [学導賛] 一歳になって立ち歩きを学習し始めるが、何ど転んでも又やる。それは歩きたいという意欲と歩ける事の喜びを知っているからだ。つまり学=喜び。この欲求と喜びが学びの推進力であり、生きてゆく生命本質である。 『学んで尽きず導いて飽きず、人皆学導の系』 かつては働かざる者食うべからずと言った。働くには学習せねばならない。働く=学び。従って「学ばざる者食うべからず」となる。というより食えなくなるが正解であろう。今日の様に高度な社会では益々学・導が必要になる。 田辺聖恵

下座行愛の奉仕

…あるからだ 『愛行』 時には子を捨てる母親の話で驚く事もあるが、女性母性の愛行は今日でも一般的だし、それは実質的には生命性と言えよう。利害を越えた行動であるからだ。どんなに経済優先の社会に変わりつつあるにしてもである。 『愛行と奉仕は一体としての営みである』 今日でも看護婦さん保母さんがほとんど女性ということは、女性が愛行的奉仕的である事を示している。女性がこうでなくなればと考える事も出来ないほど、女性を信頼出来るのは実に有り難い事だ。もっと称えられるべき事なのだ。 田辺聖恵

手応え人生

…生を 積み重ねてゆくものだ [手応え人生] オ−イと呼べば山彦が返ってくる。都市ではもう経験出来ない事だが、たとえそうした都市の中であろうと、もの事に反応はある。道路脇のコスモスでさえこちらの心に応じるように、ほほ笑みを返してくれる。 『空青く金木犀の咲きこぼれ』 金木犀が何故あんなに香り高いか分からないにしても、私の心が開いていなければその香りにすら気付かない。自分に感動する心があるから花の美しさにも香りにも心がひかれる。この感動する心には手応えのある人生が一杯。 田辺聖恵

魅力ビト

…ビトになりたい [魅力ビト] チャ−ミングというと女性の美しさのみを言うようだが、人間としての魅力というならば男女共通の事になる。あの人は魅力があるとは言うが、自分に関して魅力があるかなどとは考えた事もないのが私たちである。 『自分で自分に魅力が感じられたら最高』 「年取ったら人に嫌われるな」などと言われるが、人から好かれるというのは、一種の魅力があるからだとなりはしないだろうか。つまり自分には何かの魅力があるだろうかと考えてみる、そうした見方が必要ではなかろうか。 田辺聖恵

価値と純粋

…人は拍手で迎える [価値と純粋] 何かを実現する為にひたすらな人に多くの人は拍手声援を贈る。そこに大きな共感感動があるからだ。小さな線香花火を美しいと思うが、その火花の美しさもあるが、小さいながらのひたすらさを見るのであろう。 『価値の所有化から実現化へと移行する』 何が本当の価値かは今日ほど分かりにくい時はない。だが反価値は分かり易いものである。心の豊かさを求めるのは何らかの価値や純粋さをその人なりに持つからである。そして次第にそれらを自己の上に実現しようとする。 田辺聖恵

改革

…などではなおさらの事である [改革] 独裁者は結局大衆から抹殺されている。それは人間が人間を支配することがあやまりである事を示す。これは力によっての制圧であるからだ。従っていつかは改革させられるものだ。いや基本に戻る事と言えよう。 『人類は大量の人命をもって改革する』 外国に対するはずの軍隊がしばしば自国民を殺害する場面を見る。武力に頼るものは武力で亡びるのは、そこに英知が働かないからだ。金力に頼るのも同じ次元と考えねばならない。それは人間の尊厳の軽視となるからだ。 田辺聖恵

尽くす喜び

…る そこに大きな世界がある [尽くす喜び] 幼児でもお手伝いをする喜びを知っている。所が「あなたの幸せの為に」とばかり親から何もかもして貰う育ちになると、他に尽くす事の喜びも価値も知らない人間になる。日本では奉仕の評価が高くない。 『尽くす喜びこそ人生の一貫事』 勤勉の美徳を説くが奉仕の美徳が称えられる事が無かったこの国では、見事に経済繁栄をしているが結局は自我の花盛りである。苦悩や犯罪の大半が自我欲によるものであるが、奉仕の価値が欠落した社会では必然のものとなる。 田辺聖恵

ヒラメキ

…実現方式が創造 [ヒラメキ] 一日のどこかで心を研ぎ澄ます様な時間を持つ習慣が必要だ。そうした心の水面に時として波紋の様にヒラメキが生じる。それは心の深層から発するものだから、それを受け取るには静思態勢が一番ふさわしい。 『花が咲くのは花への一貫態勢があるからだ』 ヒラメキは瞬時に消えるから直ちにメモる事、次いで言葉化又は図化する。それは印象表現である。次に時間をかけて検討しながら具体化を計る。時には何年もかける程の熱意も必要である。こうして自己を創造的にしてゆく。 田辺聖恵

時に立て直し

…を頂く [時に立て直し] 事が順調であれば愉快、問題があれば不快ととかく感情に支配され易い。まさに感情の動物と言われる通り。そこでマイナス感情を常にセ−ブしながら、プラス感情を立て直しする方式を持つ必要がある。 『いかに新鮮感情を持つかが自己の立て直しである』 修養というとマイナス感情の制御に重点があるようだが、プラス感情をいかに高揚するかがこれから重要になる。意味価値のある未来を展開するのはこのプラス感情だからだ。それには正当な理知判断の裏打ちが必要不可欠である。 田辺聖恵

イメージング

…造や展開が始まる [イメージング] 何故何の為にと論理思考ばかりしていると、人はいつの間にか自己を限定的にしてしまう。思考の本質は種々の具体イメージの整理であるから、イメージが貧弱であれば、材料不足による不充分思考になる。 『豊富な貯蔵イメージから本物思考が生じる』 「百聞は一見にしかず」と昔から言うが「百考は一見にしかず」とも言い替えられる。今日総てが図解式になってきているのは、そのコトバ情報に限界があるからだ。イメージ全体像から各人が思考発想せよという事である。 田辺聖恵

遠い道のり

…学習する遠い道のりだ [遠い道のり] 何を目指すべきかも規制されず、全く自由にはなれたものの、指標らしきものすら見当たらないとしたら、人は一生を暗中模索で終わる。そうした模索する事すら知らないというのが今日的実情ではなかろうか。 『コスモスも実物なればのコスモス』 かつて釈尊の直弟子たちは「かくのごとく聞けり」と目指す所を明確に聞いた。今日私たちは余りにも知識過剰となって聞く事の大切さを忘れている。読む事に偏って目で見る心で聞くという事をどうやら退化させている様だ。 田辺聖恵

自己を生きる

…を生きてゆける [自己を生きる] 会社組織の中でポスト的に生きるとしても、自己自身を生きる事になるだろうか。そうした仕事分担をぬきにした自分はどういう人間かと自己把握が出来ているだろうか。これは自己の深層の徹底問題である。 『コスモスは迷わぬ自己を咲いている』 実際は大部分を妥協して生きるものだが、それを当然の事として正当化するならばそれは感覚マヒである。自身に与えられている人間の尊厳とはその様な限定的なものだろうか。こうした所から先人を学ぶ必要を感じてくるものだ。 田辺聖恵

発見・感動・展開

… それが生きている証しだ [発見・感動・展開] 毎日は平凡の連続だから特別の発見がある訳ではない。だが多少客観的にものを見る目を持つと、ポツポツと小さな発見が出来る。それにナルホドナと小さな感動をする事も有る。平凡の楽しさとも言える。 『山並みの近さに秋は深まりつ』 大感動ばかりではくたびれもするが、小さな発見さ細な感動なら、その日常に弾みをつけてくれる。それが思わぬ展開になるかも知れない。だから人生には隠された魅力が一杯詰まっているとも言える。イヤそうで有りたい。 田辺聖恵