田辺聖恵 の検索結果:
…人の豊かさを形成する [イメージ考] 知識教育ばかりで育てばイメージ感受の能力は育たない。人はイメージを土台にして感想や思考を形成するのだが、これらは感受したイメージに感動する事による。イメージが少なければ当然感動も少なくなる。 『コスモスも自ら咲いて秋を呼ぶ』 イメージが貧弱であれば自己表現を豊かにする事は出来ない。人は自己表現をする事によって更に感動を新たにする。何らの自己表現がなければ、かりにイメージがあっても感動に点火する事はない。表現が必要な理由はこれだ。 田辺聖恵
…の喜びで生きる事だ [自分を大切に] 全体主義であれば一人々々を大切にするという事は建前にすぎなくなる。民主主義が世界的に広がるのは一人々々が自由になれるからだ。その自由が尊重されるのは各人が自己目的を持つ事が出来るからである。 『コスモスはひたすら心を花にする』 自由であるという事は他者が自分に対しての評価も自由であるという事である。従って自己目的を持つ事は必ずしも他者から評価支持を受けるものでないという難問を持つ。こうして人は自分を大切にする事の難しさを味わう。 田辺聖恵
…時代になる [人間時代] かつては高い安いが主で売買や仕事がなされていたが、今や人と人とがどの様に関わるかが仕事内容になってきている。人と人との関わりとは自分本位が排除されてゆくという事である。当たり前だが難しい事だ。 『総てが人間時代という観点で動いてゆく』 人間時代とはそれぞれの人が人間らしさを大切にする様になるという事である。その人間らしさとは、高度な理性・暖かい心情・確かな行動を豊富な内容とする事と言えよう。従って人間が人間を学ぶ事を必要とする時代でもある。 田辺聖恵
…斐がある [何を見るか] 自然世界と人間世界を見比べれば、人間世界がいかに自我本位かが分かる。それと同時に自我本位を脱しようとするのも人類歴史である事が分かる。そうした人類系列の中で自分はどの様な位置を占めるのだろうか。 『人類は何を見て生きるかを見るべきだ』 今日高齢化が進むというのは、人間としての存在価値を考える時間が与えられるという事である。かつて少数の人しか考えなかった真実に対し、多くの人が目を開く事が出来る様になってきた事に高齢化の本当の意味を見るべきだ。 田辺聖恵
…があるからだ [全現的に生きる] 仮に部分的に生きようとしても体の方は全体をフルに働かせている。それが生命の働きだとすれば部分的に生きるというのは自分の頭の中での自己限定に過ぎない。人間は全体で生きるようになっている。 『人間はト−タルに全現的に生きる存在である』 黙って座っていてもその人柄は自ずから現われる。何を考え何を行動するかによって人は常に全現的であるより外はない。そうであるならむしろ、積極的に自己を全現的に生きるのが人間らしい生き方となるのではなかろうか。 田辺聖恵
…物になってくる [長寿+充実] どうも老人という言葉をウッカリ使えなくなってきた。高齢者でも充実人生を現役として過ごしている方が多いからだ。どうやら長寿は求めてそうなったのではなく、充実人生を生きたから長寿になったようだ。 『ハッキリと生きた結果が長寿になる』 どの様な内容であろうと、これが自分の生き方と割り切った時から充実人生が始まると言えるのかも知れない。ためらいや迷いがない事が長寿者に共通している。まさにわが道を行くという「せい一杯人生」こそが本物なのだろう。 田辺聖恵
…晴らしい生命原理か [学びの原理] この国の教育は学びを苦学努力と教え、競争に勝つ手段として激励する。従って競争に勝った者も負けた者も一日も早くこの勉強を止めたいと思う。生涯学習の時代になっても、学ぶ喜び充実を持てるかどうか。 『それが生命原理だから人は学びを喜ぶ』 本質的な学びが喜び充実であるのはそれが生命原理の自然性によるものだからである。学んだ事は行動達成となり生命欲求を充たすから喜び充実となる。心の豊かさを言うが、以上の生命原理をもって学びの質を高める事だ。 田辺聖恵
…道があり得る [自己全現] どの様に着飾ってみても自分の隠しようはない。その自分の人生の大半はさほど価値とも思われないさ細な事に費やされてしまう。これでいいのかという思い入れをしなければそうした自己が全現してしまう筈だ。 『欲しても欲しなくても自己は全現している』 かりに自分の人生をいとおしむ心があれば、もっと価値的なもっと納得のゆくような生き方にしたい筈である。そこに至って初めて隠しようのない本当の自己全現がある。そこに至って初めて総てに心を開くようになってくる。 田辺聖恵
…握りの時の出番くらいだが [梅干し] 梅干しをほぐしてお握りの中に押し込み、海苔で巻いて食べれば、少々食欲が無い時でも食べられる。これは和食という料理に入るのかどうか知らないが、野外食ともなれば、いかにも欠かせない最高級品になる。 『秋晴れや握りの海苔はつややかに』 いつでも出番があるのではないが、それでも用意されているものがあって、私たちの日常は成り立っているのかも知れない。自分の出番も大切だが、時には自分が陰の存在になる事で喜び、満足出来る事も生き方では必要だ。 田辺聖恵
…実させる喜びだから [能力と自信] 自信が無いからやる気にならないと言う人がいる。一方ではともかくやってみようという人がいる。前者は結果を気にするタイプ。後者は挑戦を楽しむタイプと言えよう。自分はどちらかと点検する必要がある。 『能力アップ自体がとてつもない喜びなのだ』 時代の流れが遅い時には慎重な方が良い。だが今日のように変化が激しい時には、多少でも挑戦型でないとついて行けない。ましてや先端を行くなどは難しい。そこで体質を変えてゆく自己訓練が必要になるようである。 田辺聖恵
…自己の立て直しだ [立て直し] 自分の一人舞台でもないから一直線の人生という訳にはゆかない。山坂を幾つも越えねばならないのだから自己の立て直しを図る必要がある。それもしばしばやれば苦にならなくなる。これが生き方の知恵だろう。 『粘りのない脆さは幸福主義から生じる』 現代人は挫折経験が少ないから精神的に脆さがあるという。それは幸せ主義、壁を避けてゆく人生観によるのかも知れない。仮に「価値主義」があるとして立ち向かうような人生観を持ち、常に立て直しを図ってゆけばどうか。 田辺聖恵
…は活力で一杯 [手作り人生] 全身マヒの星野さんは絵筆を口にくわえて見事な水彩画をかき、純真な心情から発する詩を書き添える。残された機能をフル回転させて手作り人生を生きる。手作り性を忘れた生き方を本物人生と言えるかどうか。 『総ての生物は手作り的に自発で生きる』 手作業に限らず知的にも発想構成するならば手作りである。人間の文化は手作りから始まったのだから、文化にグルリと取り囲まれていては人間でなくなる。行く先不明のエスカレ−タ−人生はブレ−キの利かない車に乗る事だ。 田辺聖恵
…だから自分の生き方となる [天地の間に] 社会や組織家庭とまるで対応の為に生きていると、自分を生きる事になるのだろううか。文明文化浸けになっていると人口呼吸をしている様なものになる。せっかく自分を生きられる時代になったというのに。 『そよ風と語らい続ける コスモス』 天地の間における自分ともなれば、卑小劣凡でしかない。英雄でもなければ悪党でもない。その凡さ加減に座りが出来るとエネルギ−が湧いてくるから妙だ。万物の霊長などと気取らないですむ。万物から笑われないですむ。 田辺聖恵
…の根幹だからだ [情報時代] 様々な情報の中でそれを避けて生きる事は出来ない。この情報時代を生きるにはその過剰知識を整理し、自分に使える様な選択知識として集積する必要がある。そのような選択判断には自己基準がなければならない。 『情報は広く集め、選択は思い切ってする』 情報に振り回されず適切な情報を活かす為の自己基準を作るような情報は少ない。従ってそれは一般情報とは違うル−トによって自発学習をする必要がある。この様な自己形成が益々必要になるのが情報時代と言えるようだ。 田辺聖恵
…スだ [人生コース] 高度社会はゆっくり出来るのかと思うと、人間能力が高度に要求される。知性・感性・行動総ての面で高度さが必要という事は、この三点で常時に緊張せざるを得ないから、長い人生コースは大いに耐え難いとなる。 『ゴールが見えない事から始まる人生コース』 緩急自在とまでは行かないにしても、自分なりの心身衛生を学習工夫する事が、長い人生コースには一つの資格と言える。生き方学的に学習すれば単に健康維持にとどまらず、よりよく自己熟成的になる。価値生産的な人生になる。 田辺聖恵
…で輝く人間となる [輝く人間] せい一杯やった後は誰でも乾杯をしたくなる。極端な冒険をというのではないが、何がしかの緊張がある様な張りのある生き方を好むのが一般である。それが人類に文化が持ち込まれた理由と言えるかも知れない。 『結果的に人は輝かしい人間を目指す』 オリンピックで技や体力を競うのも、心の張りを求めるからである。これからは知的な冒険や豊かさが大いに求められるだろう。それは利益になるならないの次元ではなく、活き活きとした充実を求める人間の本性からのものだ。 田辺聖恵
…れなのだ 「せい一杯」 誰にでも時にためらい時に張り切るという振幅はあるものだが、心を立て直し立て直ししてゆくのが人生であろう。そして「せい一杯やっている」という思いが次第に多くなるにつれて、生きるという実感になる。 『人生の中心点に自分を見いだすのが生き方だ』 仕事そのものに最大関心だったものが、その事の中心点に自分の人生があると気付かされてくる。自分の生き方の大部分に仕事があるとなると、仕事の意味がまるで違ってくる。こうして自分を活かす事が最大関心となるものだ。 田辺聖恵
…を歩いて行くように [豊かな心] 健康で経済的に安定すれば自然に豊かな心になるのだろうか。生活行動が華美になってかえって自分本位を増してくるのではないだろうか。それでは物の豊かさの延長でしかない。豊かな心の難しさがそこにある。 『豊かな心を持つのは心を学ぶ事から』 心の豊かさといっても漠然としているが、かりに共感・友愛・互恵のような心を想定してみるとする。これらがどの程度自分に備わっているかと点検してみれば、一つ一つ心づくりせねば足りないという気になるのではないか。 田辺聖恵
…希望が本物人生だ [希望を支えに] 「生きてゆこうよ希望に燃えて・愛の口笛高らかに・この人生の並木道」、戦時中を通った者はほとんど例外なくこの歌を歌ってきた。それは希望を持たねばやり切れない思いを、随分としたからなのだ。 『希望の取り柄は何度でも持ち直せる事だ』 平凡そのものの私たちは何を心の支えにするか。それは希望しかない。確かな信念も特別の能力もないが、希望だけは持つ事が出来る。何の取り柄がないにしても、希望を持つ取り柄は誰にでも与えられているのだから有り難い。 田辺聖恵
…[ビジョンをビジアルに] 今や歌でも演技パフォーマンスの時代。それほど総てが視覚化されビジアルになっている。もともと人間の世界がビジアル世界だからであろう。従ってビジアルでないものは実現達成し難いと考えられる。 『ビジョンは第一の喜び、ビジアルは第二の喜び』 どのように優れた未来展望でも、それが未だ視覚化されていないなら、達成エネルギーの勢いを持つ事は出来ない。従って実現状態を視覚的に見える様にする配慮努力にもっと重点を置く必要がある。それは全コースの半分だからだ。 田辺聖恵
…て生きる道は必ずある [納得] 浦島太郎は竜宮城で遊び疲れ、貰って帰った玉手箱を開けると白煙りが上がったという。人間がゼイタクや遊びだけでは空しくなるという事を教える。人間が一生かけて本当に求めるものは何かという設問でもある。 『人が求める安定充足とは納得である』 今日は感性ばやりではあるが、それを推し進めていっても人生とは何かという結論は得られない。人間に理性がある以上、結論→納得のコ−スをぬいては安定しない。何故なら感性は動揺変化するもので安定要素でないからだ。 田辺聖恵
…化の原理でもある [人間原理] 仕事目的を達成するのも、人間が生き生きと生きるのも、共に人間がする事だから同じ原理、人間原理に違いない。まずは意欲から始まり↓理性・感情・行動(知・信・行)を総合的にフル回転させる事であろう。 『今や生き方を質と程度で実現する時代』 今や大脳生理学が知的な偏り、情緒過剰といった分裂的な生き方が誤りである事を教える。仕事・生活・熟成の人間総合面と知・信・行の人間単位を複合的に組み合わせての調和統合的な生き方を必要とするようになって来た。 田辺聖恵
…つの勢いを持つことだ [勢い] 打ち込んでやれば習熟は早い。習熟してくれば勢いがついてくる。勢いがつけば工夫も面白くなる。面白ければ益々打ち込む。とまあ善循環するのは何事でも同じだ。この勢いを意識する事が達成法の要点でもある。 『自ら作り出す勢いこそ本物と言えよう』 始めから高い目的を持つ事は難しいが、その事をやっている内に、その目的の質を高める様でなければ大成はしない。何故ならそこに工夫改善の意欲が無いからだ。目的の固定はしばしば安易停滞につながると考えられよう。 田辺聖恵
…生き方の根本 [最大関心] 青少年期までは自分の外なるものへ関心を持つが、壮年期までには自己への関心が高まらねばならない。何故ならば人は自己を中心にして自己を生きる存在だからである。物や地位を中心にすれば自己は薄れる。 『自己への最大関心こそが人間らしさとなる』 自己を中心にするとは社会の一歯車とならず、自己の存在価値を発揮する事である。それは自我欲を高度に昇華する事でもある。あれもこれもの生き方から、次第に人間としての熟成的在り方に自己を煮詰めてゆく生き方である。 田辺聖恵
…をはたした [真理の生き方学] 一切は相関縁起であり、影響を受けて変化する存在であるという理法は正に真理である。この真理を中心にして生きれば自己を真実化する。釈尊はこの一連の生き方学を実行しかつ導きに徹して生きられた。 『神秘を含まない釈尊仏教は生き方学である』 今日ほど生き方の原理を求められる時はない。政治主体の時代が終わって各人がその責任において生き方を選択決定せねばならないからだ。今日の自由とは生き方の責任選択とワンセットのものである。生き方学の必要な理由だ。 田辺聖恵
…実りの人生になる [心支えの上に] 健康や仕事や趣味が生き甲斐という人が多い。だがそれらは自分を心支えにしているものである。それは自分の脆さや限界を知らない事による。信仰と言わぬまでも生かされの大いなるものへの心向けが必要だ。 『生かされに応答してゆく彼岸花』 様々なもの事に影響を受けて左右され易い人生ではあるが、その背景に大いなるものや理法があるからこそ生かされている。そこに気付かされる事こそ確かな心支えである。そこから人生を真実にしてゆく意欲が生じてくるものだ。 田辺聖恵
…ない部分の生き方だ [私でない部分] かつてはお国の為に生きるのが義務付けられていたが、今日は私本位に生きる意識しかない。この私本位を突き詰めると無意味さになる。愛欲の一点に還元されてしまうからだ。ここに私本位の限界がある。 『私と私でない部分の二重を人は生きる』 私を捨てて公け集団の為に生きるのも結構だが、生かされの意識からのものでないが故に利害関係になる。生かされていると言う事実認識が深まれば、その生かされの部分は何をすべきかという、人生最大の難問が生じてくる。 田辺聖恵
…いてなされる [それぞれのリ−ダ−シップ] 型にはまるような管理も必要ではあるが、それは企業経営の一部分であり達成手段の一つである。これからの自己経営・組織経営においては一歩半歩を先んじる、一人々々のリ−ダ−性が必要だ。 『今や英雄的リ−ダ−性の時代は終わった』 経営目的が多少でも創造的であるならば、その実現達成の実行方法はリ−ダ−シップを含むものでなければならない。ためらいや追随では間に合わないからだ。単なるやる気論でも間に合わない。ここに現代対応の難しさがある。 田辺聖恵
…には決断行動の遅滞さ [縁と原因] 一般にはもの事の原因のみを追及して解決法とし易いが、生き方学においては原因ならびに条件縁を重視する。原因時にも現在時にも条件縁を伴わないもの事は無いからだ。ここに問題解決の哲学と実際性がある。 『自己の有意義化こそ人生の学習課題』 問題解決の第一必要は自己の有意義化である。生活難にも問題解決は必要だが、生存が満たされれば人は直ちに自己の有意義を求め始める。従って人生中期までにこの問題解決手法を体得せねば、一生を苦悩の連続とし易い。 田辺聖恵
…度かどうか [生き方態度] 毎朝毎日人は何らかのスタ−トをし、何らかの決着をつけてゆく。何かのもの事に取り組み達成や解決をはかってゆく。そのスタ−トの仕方、取り組み方はその人の個性の様になってゆく。それが生き方態度だ。 『自己点検の第一は生き方態度の決まり具合い』 前向きにという言葉はよく使われるが後ろ向きにとは言わない。その前向きにも様々あるが、人間は前向きであるよりしょうがない。生命構造が前進構造だからだ。人が生き方態度を作るとしたら、生命構造を根拠にする事だ。 田辺聖恵