松のほまれ 松尾多勢子 第四

 第四 刀自時勢を慷慨す
 
刀自郷に在りて、常に慷慨して語るやう、今や昇平久しく打ち続き、世を押しなべて奢侈虚飾に流れ、士気の堕落はその極に達し、国運日に月に衰へたり。ことに近時幕府の行動を見るに、陽には 皇室を尊ぶが如く装へども、陰にはその式微を希望し、譎詐百出その悪むべきこと、古への北条足利の右に出づるものあり、人臣たるもの、焉んぞ、手を袖にして、かれ幕府の専横を黙視すべけんや、宜しく、奮起して、皇室の為めに微力を致し、以て臣子の分を完うせざるべからず。そもそも国に尽すの忠誠は、独り男子の任のみかは、女子本来かよわくして弓矢取る術知らずとはいへ、いかでか忠を尽すの道なからんや、されど、目下の情勢は、未だ事を拳ぐるの時にあらず、如かず、大に人心を鼓舞して、しばらくその時機の至るを待たんにはと。嗚呼、何んぞ、その心ばへの勇壮にして、その思慮の周到なるや。

                       たせ子
白いとをかふるのみかは世の中の
   みだれもいとゞくるしかりけり

(松のかほり 清水謹一著 公論社刊より)