松のほまれ 松尾多勢子 第十四

第十四 幕府刀自の邸に涙士の出入するを疑ふ

刀自は、夜を日につぎて、郷に帰り、良人に見えて、久しく奉事をかきしことの罪を謝し寝食を忘れて、看護に心を尽しゝかば、夫の病勢も次第に快方に赴きけり。

折しも、志士の来り訪ふもの、日に多く、彼の角田忠行、長谷川鉄之進、東田行蔵、小島将満等の、刀自が邸内に潜伏せること、いつしか幕府の疑ふところとなり、長男誠は、為めに捕へられて、江戸に送られ、町奉行池田播摩守の訊問を受くること、数次に及び、百方弁疏の甲斐もなく、まさに刑罰に処せられんとせしが、幸にも、領主松平義建侯の庇護によりて、やうやくその罪を免がるゝことを得たり。

(松のかほり 清水謹一著 公論社刊より)