2010-10-01から1ヶ月間の記事一覧

原始仏教講座 第四講 その二十四

第四講 その二十四 お釈迦様が亡くなられて五百年も経って、紀元元年前後にそういう宗教活動をせよという仏教者の中に声が高らかに上がってくるわけです。それはなぜかというとその当時、坊さん達が自分の悟りだけ求めて宗教活動をしなくなったんです。坊さ…

経集 71

71 師子が諸声に骸怖せざるが如く、風が網に著せざるが如く、蓮葉が水滴に塗著されざるが如く、犀角の如く応に独り遊行すべし。(南伝大蔵経 第二十四巻小部経典二一 蛇 品 二 犀角経 二三頁) 獅子はどんな物音にも驚かず、風は網にかゝらず、蓮の葉は水…

真理を実践正導されるブッダ

「真理を実践正導されるブッダ」 食事する仏け様 汗を流して働き、ようやく食物を得る勤勉な農耕者から見れば、何の労働もしない出家修業者が、好ましい存在とは思えない。一体どのような修業をするのか、一体何を目的にやっているのか。それらが分らねば、…

釈尊の聖言 「苦滅聖者」

釈尊の聖言 「苦滅聖者」 ビクらよ、この集りに声を立つるものなし。清浄の善に立てるなり。このサンガは世間に見難く、供養にあたいし、合掌礼拝すべき無上の福田なり。このサンガの中には諸天の位、ボン天の位、不動の位、聖者の位に入れるものあり。 諸天…

静思湧言

便利と能率が、人間を省いてゆく。 対話とは二時間までのエネルギー交換。 客観を通りこすと、人間味。 サア今日から生き直し。 質問します。あなたは何者ですか? お答えします。目下担当者に調査させております。 皮マガイのジャンバーを着て、人マガイの…

原始仏教講座 第四講 その二十三

第四講 その二十三 次は大慈悲です。今までの話は全部原始仏教です。ここからは、後で出来た仏教です。原始仏教ではありません。たとえブッダとわれなるに、あらゆる衆生まごころで、信じ楽しみ、わが国に、往生せんとよく念じ、達し得ざれば正覚せず。たゞ…

丸一年経ちました。

一日だけ更新できずでしたが一年続けることが出来ました。まだもう少しは資料ありますので継続可能。道詩も多数ありますのでまだまだいけると思っております。

丸一年経ちました。

このブログを始めて一年になりました。田辺聖恵師の遺稿を何とか再度世に出したいとの思いでしたが、横道にそれながらも何とか続けることが出来ました。20年以上前の文章ばかりですが、ほとんど問題なくそのまま受け止められたのではないでしょうか。途中…

おシャカ様から問われる

「おシャカ様から問われる」 仏教の早やのみこみ 仏教に限らず、何かに対する時、その対応の仕方で、それぞれの特性を現わす。その個性の外に民族性すら顔を出す。そのいくつかを考えてみるのも大切な事であろう。まず多いのが追随型。親の云う事を聞きなさ…

静思湧言

戒その一-人間にもシッポがあったことを忘れる勿れ。 戒そのニ-自分の前を先人が歩んでいることを忘れる勿れ。 戒その三-廻りを気にし出したら停滞たる事を忘れる勿れ。 戒その四-戒を四つも考える奴は何も出来ない事を忘れる勿れ。 「それも一理」は批…

釈尊の聖言 「清浄と古き業」

釈尊の聖言 アバヤよ。智者、見者、ブッダなる世尊は、人々を清めんが為、嘆ぎをこえんが為、苦悩を滅ぼさんが為、正しき知恵に達せんが為、覚りを現わさんが為に、三つのわずらいなき清浄を説きたまえり。 そはビクが戒をたもち、戒律によりて一身をおさえ…

原始仏教講座 第四講 その二十二

第四講 その二十二 そうすると、これを平たく言いますと、現状認識をするわけです。人間が生きているその現状認識、苦しみというのを、人間が存在するという根本的な苦しみを考えようとしない、それをその実は苦しみの存在であるという現状認識をしなさい。 …

経集 70

70 不放逸にして愛の滅尽を翼求し、聞あり念ありて聾唖に非ず、法を察悟し正決定し正勤ありて、犀角の如く応に独り遊行すべし。(南伝大蔵経 第二十四巻小部経典二 一 蛇 品 二 犀角経 二三頁) 貪愛を滅ぼすことを切に願ひ、聞くべきはよく聞いて思ひは深…

信者の道は施

「信者の道は施」 施と戒の結びつき 日本の仏教では、どうも信者の道が分らない。それは法華経やハンニャ経など、「絶対・徹底」の境地を説かれたお経を主にするからである。前者は実相を説き後者は空を説く。それを求める事は大いに結構だが、生活者として…

静思湧言

教育も宗教も大いなる遊び。 人はある時、「一語一会」する。 高貴なる生き方の一つは、生かされへの謝恩実践。 ゆったりしている自分を見れることが、ゆったり。 都市駅は出口がいくつもある。大人ほど逃げ口が多くなる。 連動は一種の創造であり、管理は一…

釈尊の聖言 「邪魔」

釈尊の聖言 五つの邪魔を除き、五つの束縛を解かざれば、熱心になれず、忍耐が起きず、努力がなされず、教えの道に進むことなし。 五つの邪魔とは、第一に、師に対して疑いを抱き信仰を持たず、第二に、正法に惑うて信仰を持たず、第三に、サンガに対して疑…