2009-11-11から1日間の記事一覧

伝統

『伝統』 本質を現す為に形がある 形を通さずに本質は伝えられない 太陽の有り難さが熱と光となるように 伝統をうとんじやすい私 それは形ばかり見てその中身や 本質を素直に見ようとしないからか 確かに本質がぬけた形ばかりも多い だが形に結晶するまでの…

生き方メッセージ #26(学び賛)

『学び賛』 学べば道は開ける 学び心のある人は 学びの喜びを知っている 学ぶ門に福来たる 学べば必ず役に立つ 学べば必ず自信が生じる 学び心は遊び心 学ぶ余裕が余裕を作る 学ぶ余裕が創意を作る [学び賛] 書物からとは限らないが様々なものから学べる。…

松尾多勢子 「やじより」 第六幕

第六幕 長州藩邸の庇護暮らしも悪くはなかった。 大名屋敷だけあって、居心地はよい。老婆の身に向けられる眼差しは羨望で、若い娘たちには申し訳ないが (まんざらな気分じゃわ) と、多勢子はにこにこしていた。 平田一派の詮議も、躍起になっていた割には…

勤労の聖僧 桃水 #31(6、禅林寺時代 その六)

しかし、如何に生来愚なる聖僧であったとしても、その大麦をついて麦飯に拵える迄には凡何時間掛かるということの分からない程の愚ではない筈である。若し、聖僧はそれが分からない程の愚であったならば、それは『愚に似たり』ではなく、愚そのものである。 …

仏教による幸福への成功方式 #61(第八章ダンマ 六度 互いに戒を守ろう)

互いに戒を守ろう 殺生がいけないように盗みも男女関係の乱れも、うそ偽りも酒もいけない。この仏教徒として最低ギリギリの五戒が正しく守られたなら刑務所などは不要となり老人ホームに改造されるでしょう。 この五戒は社会の浄土作りの大條件なのです。殺…

仏教による幸福への成功方式 #60(第八章ダンマ 六度 互いに施せ)

互いに施せ 信仰の初めは善果を得たい為に善因をまく施しをしました。それでよいのです。私共は初め、何かの善果を頂くことのみの喜びを求めるものです。病気治しや、商売繁昌から極楽往生まで、常に自分の頂きが中心でした。しかし仏教の原理が段々分かって…

友愛心

『友愛心』 どの様な真理を得ようと 実現への意欲がなければ 十分の一達成もあり得ない 生かされを感謝しても 友愛心が生じなければ 自我中心から離れない 共々に在る世界だからこそ 互いに喜ぶ友愛心をもって 真理実現をはかりたいもの [友愛心] 生き方の…

三宝聖典 第一部 第十三項 四聖諦

四聖諦 時に世尊、五ビクに説きたまえり。 「苦諦とは、生老病死の四苦にして、うらみ憎みに行きあう苦、愛する者にわかるる苦、願い求めてえざるの苦、つづめて物も心も苦。 集諦はのちの生存もたらせる、喜びむさぼる愛にして、欲の愛、存在の愛、虚無の愛…