2009-12-03から1日間の記事一覧
『活かす道』 せい一杯 活かす 人を活かす 物を活かす とりわけ 自分を活かす 一人舞台ではないから 時には壁もあるだろうが そこを突き破るのは自分 昔からの伝統の道だろうが 新規これからの道だろうが 自分を活かす為の道なのだ [活かす道] 仕事であろ…
『凡』 なぜ私は凡なのか 新しい世界を開くほどの天才でもないし 私をせんさくしないほどの非凡でもない 凡とは歴史の主体である ぞろぞろとひきづられてゆく しかも天才をおどらせながら 私が凡であることは事実である この凡性をはっきり自覚して生きる そ…
やる気 親御さんとの話で質問は、必ずうちの子供はやる気がないから、どうしたらやる気がでるでしょう、その質問しかない。学校の先生もどうしたらやる気を起こさせるか、それで頭一杯。頭一杯じゃないでしょうね。頭一杯じゃなくて頭の片隅にそれしかないと…
導く者のあり方 では釈尊仏教は、どういうものであろうか。信者、初心者側から始まるのでなく、導き手から話は始まるということを第一項は示す。釈尊は直弟子であるアーナンダに「おんみみずから、かれらを導かんとなすなれば」と云われる。たとえ法を聞きた…
「どんな生き方をするか」 いつ死んでもいい とはなれないが ともかく死ぬことは間違いない そこでどう生きるかが 問題になる 大ボラを吹く必要はないが まるっきり夢のない そんな みみっちい生き方も どんなものか 足跡を残すために生きるのでもないが あ…
『少数者列伝』 どうにでもやらねばならぬという それ程の大事があるのだろうか 大部分の人はそんな風には考えない 多少でも人生を客観的に見る人は 人生の大事を探さねばならなくなる それは最大の贅沢なのかも知れない 自分の人生に対して傍観者という そ…
水の争い 時に千ばつ続き、河水少なくかんがいの水不足し、カピラ城とコーリ城との中間に流るるローヒニー河について争い起れり。両城の民、互いに悪口し、ついに棒をとり、剣をぬき、血を見るに至らんとせり。 世尊はこの噂を聞かれ、急ぎカピラ城に帰り、…