学・導の系
『学・導の系』
教えてみれば分かる事だが
自分の学びの足らない事だ
そこから真の学びが始まる
体験なしにも教えられるが
体験したものは導きとなる
自らもその道を歩むからだ
学んで体験し 体験から学び
学んだ分を導き導きから学ぶ
人それぞれ学・導の系を歩む
[学・導の系] 昔の英語発音はカタカナ式で教えたものである。しかし実際の英語会話には使えなかった。この使えるまでにするのが導きと言えよう。ここに教えと導きの違いが出来てくる。体験が無ければ導きはとても出来ない。
『様々な道で学と導が行われるのは自然欲求だから』
体験体得している事は教え導きたくなるものである。親が子に教え導くのは親としての自然の情である。猿の世界でも親は単に養うだけでなくかなりのシツケをしている。学びも教え導きも自然に備わるから学・導の系である。 田辺聖恵