田辺聖恵 の検索結果:

看の字

…紙の交換で交流をする [看の字] 看護というが先ずよく看なければ護る事も出来ない。よく看なければ心の交流も出来ない。遠くの人とは手で書いた手紙ハガキを通してお互いに心を看る事が出来る。手で書く事の大切さが今日改めて考えさせられる。 『手と目と心で人生の綾錦を織る』 ワ−プロを使いつけると実によく出来ているのに感心する。だがこれもキイを手でたたかねば始まらない。画面の字を目で確かめねばならない。こうして手と目で心を編み出す。手と目と心が生き方の根本と言ってもよかろう。 田辺聖恵

学習更新

…駆動力になる [学習更新] 知識のみならず、経験も行動も時には工夫創造も学習である。そうした学習は自己を更新したり確実にしたりする。これはそれなりの育ちであり熟成である。人生とはこの育ちと熟成のト−タルな営みと言えよう。 『広義の学習において人は更新熟成をする』 ボケに徘徊がつきものなのは人間の行動本質を現す。従って人は行動本質を常に満たす事と、その行動を価値化させる事を平行させねばならない。この様な熟成化と福祉化とを平行させる事が、高齢化社会の根本対策ともなろう。 田辺聖恵

全現の世界

…ってゆく [全現の世界] 全きものが有っても無くても人はそれを求める。全きものを志向する事実が人間の本質を現している。人はその本質の故に様々な答を出し、それにのっとって生きる。自我欲だけでない全現の世界がそこに在る。 『人間を越える世界を人間は本質的に志向する』 全きものは人間を通して自己表現していると言えよう。従って人が全きものを志向して生きれば全きものと自己は限りなく近接する。そうした可能性を生きる所に人間本質の充実と喜びがある。それは自己を越える世界でもある。 田辺聖恵

自発積極

…喜びがある [自発積極] ぼつぼつ態度でゆくか、積極態度でゆくかは本人の選択である。だがどちらがより幸福ないし充実であるかとなれば自発積極の方であろう。何故ならば生命自体が自発行動によって生きるようになっているからだ。 『生命本質としての自発積極も訓練を要する』 若い時には積極を好み、高齢になるに従って平穏を好むとされているが、今日のように高齢期間が長くなればこれは変えられねばならない。平穏の中にも積極が組み込まれていないと、心と体両面の元気を保ち得ないからである。 田辺聖恵

学んで身につく喜び

…喜びであろう [学んで身につく喜び] 自由の価値の一つに学びがある。六七十年前までは百姓や女には学問が邪魔になると言われていた。だが今は総ての人が学べる。この替え難く貴重な学びが喜びになっているかどうかはこれからの問題である。 『学ぶ喜びは学ぶ必要を越えた世界』 苦学、努力しての勉強となっているこの国では、勉強が必要なものではあるが喜びのものとはなっていない。励まされ追い上げられるものになっている。無用の用の学びが最大の喜びとなるには、まだ百年もかかる事であろうか。 田辺聖恵

創造学習

…造する [創造学習] 右へならえの人生は安全かも知れない。だが本当に自分を生きる事になるだろうか。俳句一つ作っても創造の喜びである。記憶学習の結果ではない。創造習慣を作るのも練習であるから、創造学習こそ大いに必要だ。 『創造学習・更新習得はこれからの必修科目』 創造とは大袈裟だというなら工夫と言ってもいい。それは繰り返し習得とは違う更新習得と言ってもよかろう。こうした工夫創造の更新習得は自ら自発性を育てる点において多大である。こうした点の欠ける教育とは何であろうか。 田辺聖恵

施業奉仕

…じる [施業奉仕] どんなに一所懸命仕事をしても、幸福感を持つ人とそうでない人がいる。何らかの社会に役立っているという施業奉仕感があるかないかである。先ず身近な人を喜ばす様な小さな善施を始めてその喜びを発見する事だ。 『真の充実を考えると施業奉仕になってくる』 施業奉仕によって相手を喜ばせるという事は単に迎合する事ではない。相手の真の幸福につながる様な事へとなるのが望ましい。こうして施業奉仕の喜びを持つ様になると、その中身や質、程度を考える様になる。素晴らしい事だ。 田辺聖恵

結論を生きる

…識して生きる [結論を生きる] 道具を使ってエサを取る動物は一種の考えを持つと言える。だがどの様な動物も自分自身を考える事は出来ない。人間が考えながら生きるのは、やがて自分自身を考え、結論を出して生きる事の練習に違いない。 『考えは遊びを含むが結論は責任を伴う』 考えるのは易いが結論付けは難しい。考えには責任がないが結論には責任が自覚されてくる。多くの場合結論は決断となり実行となるからだ。こうして人は結論する為に実行力が問われてくる。この事が考えない傾向を生み出す。 田辺聖恵

浄福原理

…実にある [浄福原理] 次々と起きてくる不幸をじっと耐えて諦めるのを仏教と思い違いしている人が多い。釈尊は闇に居る人も光りに居る人も善施奉仕によって光りになれると教える。釈尊は四十年間も浄福と聖福の原理を人々に施した。 『最高の幸せは人々への善施奉仕である』 浄福(互恵性を持つ幸福)も聖福(互恵真理による充実)も相関互恵の真理を共通項にする。これは人々に共感され認められ受容されるものである。互恵の為の善施種蒔きを始めると、とたんに世界が変わり出す事は多くが実証する。 田辺聖恵

全現則

…習う第一が全現則だ [全現則] かつて釈尊は自己全現の人生を八十年、実証して生きられた。才能薄い私がその全現則に従って三十年、私でも達成可能であるという私なりの実証を得た。全現則を伝承伝達する事こそ私の存在価値であり喜びである。 『全現則=達成目的→宣念→実行』 自己目的を確立するには様々な学習が必要だが、それと平行して必ず達成出来るという全現則の習得が必要である。従来の観念信仰が魅力を失っているのは、達成方式を持っていないからである。時代の制約があったと言えよう。 田辺聖恵

朗々と生きる

…と生きるのもいい [朗々と生きる] スズメが鳴きだすと間もなく雨が上がるという。明日は天気となれば誰でも心が明るくなる。いつでも明朗である為にはそれなりの工夫がいる。返事を遅らさないとか相談すべきは相談するとかのタイムリ−だ。 『完全主義では朗々人生になり難い』 淡々さにプラスアルファ−したのが朗々と言えよう。それは自信がベ−スにあるという事だ。自信とは達成経験が裏打ちとしてあるという事だ。つまり自分が前進構造になっている事だ。停滞構造では朗々という訳にはゆかない。 田辺聖恵

生かされ認識

…なる [生かされ認識] 「あなたの幸せのために」と育てられれば自分中心にならざるを得ない。空気が無ければ三分間で死ぬという事実、総ての物によって生かされている事実こそ教育の第一、そこからの感謝が生き方の第一である。 『価値的に生きるには個と環境二面の相関学が要』 生かされ認識と感謝が生き方基本として、その上に与えられた資質能力をフルに伸ばして価値的に生きるのが人間本質である。怠けや堕落は悪環境の影響である。生き方学が個人に止まらず環境性を持つ必要があるのはその為だ。 田辺聖恵

真の学習

…真の学習となる [真の学習] 知識を自分に付着させる学習か、自己を更新してゆく学習か。この二系列を明確にして、平行させるか円環させるか決定せねばアイマイ学習となる。初学は教導に従うから、教導者自身の真の学習体験が必要である。 『真の学習者のみが真の学習を引出す』 知識の付着経験は日常誰でもするが、自己の本質的更新は日常的ではない。従って真の学習は行われ難いという認識によって学習や教育がなされねばならない。それがなければいわゆる教育産業となる。売り物教育となるだろう。 田辺聖恵

英知と愛和

…として [英知と愛和] 人間の在り様や価値化を考える所に英知がある。共々に豊かさ優しさを互恵し合う所に愛和がある。この様な英知と愛和を調和する所に真実世界がある。しかし一人々々の実現目的とならねば架空の幻想でしかない。 『人類は確実に真実世界に向かっている』 今や政治権力の時代が終わり経済時代になったが、英知愛和の時代はまだまだ遠い。物の豊かさ幸福を自分本位にしか思えないからだ。共に分かち合う譲施互恵の実行によってしか真実世界は現れない。そこに真の喜びがあるのだが。 田辺聖恵

手作りグル−プ

…広がりが生じる [手作りグル−プ] ヒュ−マン・ネットワ−クとか人脈とか言うと、何か利用しようという響きがあるが、もっと心を豊かに広げてゆく仲間作りがあちこちに生じている。それは自分本位を脱してゆく事の新しい現れであろう。 『人的連携網はこれからの和合グル−プ』 人間は自立性と社会性の両面で成り立っている。時には孤独を好み、時には集団への帰属を必要とする。だが今や自立的な人たちが人的連携網を作り始めている。それは心の豊かさに満ちた互恵グル−プとも言えるものであろう。 田辺聖恵

自己確定

…がある [自己確定] 仕事においては専門職という人は多いが、生き方において自分はこうだとハッキリ意識出来る人は少ないのではなかろうか。仕事は生き方の一部分であるから、生き方でこうだという面がなければ不確定人生となる。 『人間は自己確定を根底にして対応する存在』 先行き不透明などというが、それは自己不透明を意味している。自分なりの生き方原理を持つ人であれば、先々への対応は適切に出来るものである。人間は環境変動によって左右される存在でなく対応によって生きるものだからだ。 田辺聖恵

自然からの人間

…なる事だ[自然からの人間] 自然の一部分が生命となり人間になってきた。従って自然と人間という対立思想は人間を滅ぼす。総ての生物は植物を食べて生きるが、植物が生える環境にしてゆく事が人間という生物の基本とすべきであろう。 『自然から生じた人間は自然への敬愛を忘れない』 不自然さの中でどんなに便利虚飾を満足させても、心底からの喜びや感謝の心は生じない。文明文化が主役で人間はそれに振り回される存在になってゆくからだ。人間は自然から生じ自然によって生かされているのが事実だ。 田辺聖恵

互恵世界

…値世界だ [互恵世界] 誰でも幸福を求めそれを悪いとは思わない。だがもし自分本位に求めるとたちまち他の幸福と衝突する。そこにいわゆる幸福の限界がある。お互いにプラスになり合う様な内容であればそれは浄福であり互恵世界である。 『互恵真理の実行が互恵世界を全現する』 自分だけ自国だけの経済幸福が成り立たない事をこの頃の世界が教えている。積極的に他の浄福に協業してゆく以外には世界そのものが成り立たない。この様な意識意欲で生きる人は、自己の存在価値をフル発揮して生きる訳だ。 田辺聖恵

生き方ポイント

…き方だ [生き方ポイント] 誰でも幸せ浄福を望む。それには幾つかの条件が要る。善い種まき・努力・人間関係などなど。何もしなければ善い結果はない。善因善果は誰でも分かる事だが、どの程度確信実行するかで大きな差が出てくる。 『幸せ浄福は確信実行による一種の創作だ』 善い結果を求めて善い種まき、善くなる条件を熱心に行っている内に、その事自体に喜びを感じる様にもなる。努力出来る事が喜びになるとそれは条件というよりも目的になる。つまり喜びが喜びを生むという善循環になってくる。 田辺聖恵

心豊かに

…き方を喜ぶ様になる [心豊かに] 物の豊かさから心の豊かさへと言われるが、それは何も遊び回る事でもないし飽食する事でもない。お金を消費せねば得られない心の豊かさは物の豊かさの延長でしかない。心を生産する様な豊かさが本物であろう。 『心の生産こそが心の豊かさだ』 心の豊かさの基本は対話の楽しみにあると思われるが、日本人はこの点に不慣れである。恥ずかしがりが自分に閉じこもる傾向を作っている。自由な対話が楽しめる様に心を開く事が心の豊かさの基本の様に思えるがどうだろうか。 田辺聖恵

魅力人生

…び [魅力人生] 生活エンジョイ型であろうと仕事勤勉型であろうと、喜びを求めるライフスタイルには違いない。これからは生き甲斐の幅が広くなる。自分の人生に魅力を感じる様な生き方を求めるようになる。その魅力とは何か。 『豊かさとは自分の人生に魅力を感じられる事だ』 三食付きでも病院暮らし刑務所暮らしを望む者はいない。健康でありたいのも結局何かが出来る人生の基本だからだ。世界的に自由が求められるのも、やりたい事がやれる魅力人生を求めての事だ。何をしたいかが問題ではあるが。 田辺聖恵

パワーフルに

…心を乗せて出港だ[パワーフルに] 自己目的であろうと組織目的であろうと、生きて行く以上何かを実現行動せねばならない。食べてゆく為というよりも生命の本質が行動体だからだ。行動する以上パワーフルな方が喜びが大きいのは自明な事だ。 『内燃方式=学習+刺激→試行x意欲』 自己の内燃パワーをアップするにはそれなりの方式がある。学習と刺激と試行と意欲の組み合わせだ。ハッパをかけるといった時代ではない。人間の本質に根差す内燃方式でなければ、持続もしないし効果も上がるものではない。 田辺聖恵

ご縁を選ぶ

…生かされになるのだから [ご縁を選ぶ] 喜びや充実を求める人生であれば、与えられた無数の条件ご縁の中から一つ一つ選択して行かねばならない。選択をしなければ自由も無い事になる。選択をする事は責任やリスクを背負う事だから自由は重い。 『選択的人生にこそ喜び充実がある』 地球環境などは与えられた条件ご縁である。生命条件の中でどの様に生きるか常に選択を迫られているのが私たちである。生命目的が明確でない以上、自分なりに目的設定をしなければならない。ここに難しさと有難さがある。 田辺聖恵

積極対応

…からだ [積極対応] 一つの仕事一つの考えで一生を生きる事は難しくなってきた。時代の変化つまりニ−ズがどんどん変化するからだ。しかし人間の精神や対応能力は急激な変化についてゆけない所がある。従って自己訓練が必要になる。 『人類とは積極対応をもって道を切り開く存在』 神秘的な信仰や宗教が真の指導力を持たない今日、一生を見渡してしかも積極対応能力を生み出すような生き方学が必要である。それは理性感情行動の三面において的確にして統合的なものでなければ間に合うものとならない。 田辺聖恵

取り柄発揮

…見えてくる [取り柄発揮] 勤勉に働く取り柄も結構、奉仕する取り柄も結構。ともかく自分の取り柄をハッキリつかむ事だ。その取り柄をどんどん発揮する所に思いがけない取り柄が追加されてくる。生きる事の喜びがどんどん追加される。 『取り柄発揮がよりよき生き方のポイント』 もし消極的であれば実力発揮もあり得ない。二つ三つの取り柄は必ず誰にでもあるが、その発揮には積極さが決め手になる。積極さは活力を必要とするから意識的に吸収しなければならない。その要点は学習と刺激を受ける事だ。 田辺聖恵

活かされる

…えるからだ [活かされる] 人は命令されればされる程自分本位になるものだ。命令される事は自分が人間として認められていないと感じるからだ。従って命令に代わるものは自発性の引き出しである。その時人は自分の活かされを感じる。 『人は認められる時、それ以上になるものだ』 人は自分の存在価値を認められる時、それに応じようとするものである。人間らしい人間として生きられる事に人は最大の喜び充実や誇りを感じるからだ。こうした人間原理が生かされる所に経営の本質があるのではなかろうか。 田辺聖恵

自立基本

…う世界が生じる[自立基本] 子象が親象の後をトコトコとついて行く。いかにも可愛いらしいが、親から離れた子象はたちまち他の肉食動物から狙われるという危険をはらんでいる。従って早く自立しなければ生きられないのが生物基本である。 『自立基本が尊重されない社会は破綻する』 集団でなければ生きがたい人間でも、その一人々々は自立するのが基本である。お互いが寄り掛かり合っていたらその集団は破綻する。命令と服従だけでも人間尊重という基本がぬけるから、和合形成にならず集団破綻となる。 田辺聖恵

真実経営

…ない [真実経営] 利潤は経営上の重要な潤滑油だが、人間が価値ある自己経営をしてゆく条件である。利潤が目的化する所では人間が手段となるから価値ある経営とは言えない。この様にこれからは経営そのものが思想を持つ必要がある。 『企業文化と言われる様に経営には思想が必要』 組織全体を優先させると個人は部品化される。組織を有機的に発想すれば、その構成要素それぞれが自立と互恵性を発揮している事が分かる。命令と服従は力の原理による管理ではあるが、誰しもが望む真実の経営には程遠い。 田辺聖恵

よりよく生きる

…一つ踏みしめて歩む [よりよく生きる] より価値的により豊かにより確かにと並べれば少々ゼイタクな生き方かも知れない。しかし人間に理性や感情がある以上、それらを充分に満たす様な生き方をせねば、不安や不満の日々にならざるを得ない。 『自己を創造的に生きる事が真の生き方』 今は中年の危機が言われているが、余りにも忙しくしていて生き方を学ぶ時を持たない事が原因であろう。中年ともなれば生き方学が是非とも必要という事だ。それは与えられるものではなく自ら求めるという所から始まる。 田辺聖恵

歪む

…得るものだ [歪む] 確かに努力こそ仕事や生き方の根幹ではあるが、その努力が自分の支えになっている事、又その努力が実は周りの沢山の支援のお陰だと感謝出来る事が大切だ。何故なら感謝は不必要なまでの緊張をほぐすものだからだ。 『体の歪みが心の歪みとならぬ工夫が必要』 感謝の心が生じないような努力を続けていると、周りの支援に気付かぬという心の歪みが生じる。これが本物の病気である。努力一辺倒の現代人は感謝の心を持ちにくいが、そこから燃え尽きや空き巣症候群が生じるのであろう。 田辺聖恵