三宝法典 第二部 第三七項 アングリマーラ

 アングリマーラ

ブッダ世尊、サーバッティー祇園精舎にとどまりたもう時、コーサラ国にアングリマーラと名づくる凶賊ありて、村々をあらし、人々を殺しては指を切りとり首飾りとなしたり。
 
時に世尊、早朝に衣をつけ、鉢を持ちて托鉢にゆかれ、食を終わりて帰られ、アングリマーラの所に向かいて大道を行きたまえり。牛飼い、たがやす者、飛脚らはこれを見て申し上げたり。

「かの恐ろしきアングリマーラは、十人二十人と一緒に行くも、かれのえ物となれり。」と。かれら三度びとどめたるも、世尊は黙して進みたまえり。
 
アングリマーラは、はるかに世尊の来たりたもうを見て思えり。
  
「かつて無きことなり。四十人五十人と一緒になりて来たるもわがえ物となれり。しかるにかのシャモンはつれなく一人にて威圧して来たれり。われかの生命を奪わん。」と。
 
かれは剣と弓矢を持ちて世尊を尾行せり。世尊は神通力を現したまえば、かれは全力をもって行くも、普通に歩める世尊におよばず、ついにかれは叫べり。

「止まれ、シャモンよ、止まれシャモンよ。」

「われ止まれり。アングリマーラよ、なんじこそ止まれ。」

「シャモンよ、なんじは行きつつあるに『われ止まれり』と言い、止まれるわれに『止まれ』と言うや。」
  
アングリマーラよ、われ止まれり。つねに一切の生き物に対して害心を捨て去りてあり。なんじは生き物に対して自制の心なし。さればわれは止まり、なんじは止まらざるなり。」
 
このみ言葉に目を覚ましたるかれは、凶器を穴に投げ捨ててひざまづき、世尊を礼拝して出家を願い、人と神々の師にして主なる世尊は、かれを許してビクとなしたまえり。
 
世尊はかれをともないて、祇園精舎にとどまりたまい、コーサラ国王パセーナディは五百の兵をひきいてものものしく、世尊のみもとにまいり礼拝なしてアングリマーラを問えり。
  
「大王よ、アングリマーラは髪とひげをそり、衣をつけ、出家して規律を守り、一食の者、清浄の行、善き法をたもつ者となれり。かしこに坐する者がかれなり。」

パセーナディ王は恐れおののきたるも、世尊のみ言葉に心しずまり、かれを礼拝し、供養を申し出で、さらに世尊に申し上げて賛歎せり。
  
「いまだかつてなき事なり。おさえがたき者、しずまることなき者を、世尊は刀も杖も武器ももちいずして降伏なさしめたまえり。」と。

尊者アングリマーラが早朝、城内に托鉢せるに、かれを見たる妊婦は、驚きて産気に苦しめり。これをあわれみてかれは、世尊のみもとに帰りこれを申し上げたり。
  
アングリマーラよ、行きてかの婦人に告げよ。『婦人よ、われ故意に生き物の生命を奪いしことなし。これまことなれば心安らぎて安産なすべし。』と。」
  
「世尊、そはいつわりにならずや。」
  
「しからば婦人に告げよ。『婦人よ、われ聖なる生を得てより以来、故意に生き物の生命を奪いしことなし。』と。」
 
かれかくのごとく行きて告げたれば、かの婦人は安産なし、かれはすべてに遠ざかり、熱心に努力して覚りをえ、アラハンの聖者となれり。
 
ある朝、かれが城内に托鉢せるに、人々はかれに石や棒を投げつけたれば、かれは傷つき、血を流して世尊のみもとに帰れり。
  
バラモンよ、おんみはこれをたえ忍びで受けよ。おんみのなせる行いのむくいにより、いく百年、地獄において受くるべき報いを、現在においてはたせるなり。」
 
ただ一人、かれは静坐して、解脱の楽を受けつつ、その喜びを詩にして唱えたり。

南伝一一巻上一三○頁中部八六アングリマーラ

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