三宝聖典 第一部 三十一項 浄福

(第三一項)
浄 福

世尊、サーバッテイーの祇園精舎にとどまりたもう時、一人のうるわしき神、夜ふけて祇園全体を輝かしつつ、ブッダのみもとに近づき、挨拶をなして問いたてまつれり。

「多くの神々や人々は、最上の浄福を考え 求むるなり。願わくば世尊、これを説きたまえ。」と。

この問いに世尊、答えて仰せられたり。
 
一、愚かなる者をさけて、賢こき者とまじわり、尊敬すべきものを敬う、これぞ  最上の浄福なり。
 
二、ふさわしき所に住まい、過去に善行をなし、おのれの正しき誓願を持てる、これぞ最上の浄福なり。
 
三、広く学び、技術、芸術をみがき、規律をよく学び、言葉をよく語る、これぞ最上の浄福なり。
 
四、父母につかえ、妻子を養育し、生業に安住する、これぞ最上の浄福なり。
 
五、布施をなし、清く行い、親族を守り、非難なき生業に従う、これぞ最上の浄福なり。

六、悪をはなれ、飲酒をつつしみ、法をよく守る、これぞ最上の浄福なり。
 
七、敬けんにして、へりくだり、満足し、恩を知り、よろしき時に法を聞く、こ れぞ最上の浄福なり。
 
八、よく忍び、ていねいにして、聖職とまじわり、よろしき時に法談をなす、こ れぞ最上の浄福なり。
 
九、正しき行いをなし、清浄の行いをなし、聖なる真理を見、ニバーナを実証する、これぞ最上の浄福なり。
 
一○、世間の法に心 勅かされず、うれいなく、けがれなくして安らかなる、これぞ最上の浄福なり。
 
一一、かくのごとくなす人は、いずこにあるも打ち破らるることなく、いずこに 行くも幸い多し。これぞ最上の浄福なり。」と。
南伝二三春三頁小部小誦経五浄福経 南伝二四巻九六頁経集四大吉祥経(マンガラ・スッタ=吉祥経)
(世間の八法-得不得、毀、誉、称、そしり、苦楽) 

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