三宝法典 第二部 第三六項 ミガーラの母

ミガーラの母

アンガ国バッディヤと言える町のメンダカ長者の孫娘ビサーカーは、世尊が正導の旅をなしたまえるおりに、法を聞きて仏縁を結べり。
 
ゆえありて父のダナンジャナと共どもコーサラ国のサーケータに移り住み、サーバッティーのミガーラ長者の子プンナワッタナの妻として迎えられたり。ミガーラ家はもと異教徒なりしも、ビサーカーの導きにより世尊のみ教えに従うようになれり。ミガーラはその喜びをあらわして、その嫁をミガーラの娘にあらず、ミガーラの母なりと言いふらしたれば、ミガーラの母ビサーカーと呼ばるるごとくなりたり。
 
ビサーカーは夫の一門を導きて世尊の信者となし、みずから、祇園精舎に参りて聞法と供養をなせるも、ついに精舎建立の誓願を起こせり。
 
マッラー夫人の助力を得て土地を選び、城外の東南、祇園精舎の東北に王所有の林をゆずり受け、各階四百室を有せる二階建てを建立せり。モッガラーナこれを監督せり。ばく大なる金を投じ、九ヵ月を費やして成り、世尊はただちに入られ、四ヵ月の安居をなしたまえり。
 
これ東園精舎、鹿子母講堂と呼ばれたり。


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