やる気と人間性 ある経営コンサルタントとの対話 #3(考える練習2)

「考える練習2」     

 考えるということは、考えるということで練習をしなければ出来ない。人間を考えるというためには、時間を作らなければならない。人間を考える場合には物を作る時間と人間を考える時間と別に持たなければなければならない。人間を考える時間を持たなければならない。考えるということと、人間を考える、考えることは考える事で練習しなければならない。ただ時間を作ったからといって、考える練習出来ない人に、さあ人間を考えろと言っても出来ない。考える習慣がないのに時間だけ与えたって、何考えていいか分からないということになる。考えるということは人間の最高の頭の働きです。だからそれは誰でもが訓練しなくても出来るものではない。だから考えるためには考える能力を持った人を集めるか、あるいは考える能力が足りないなら考える能力を増やさなければならない。そして考えなければならない。誰でも考えられると思っている、そういう錯覚がある。

 勉強したくない子供が増えている、勉強したくないから高校行かない、絶対行かないと言っている。親としてはどんなつまらない高校でもいいから一応高校にやりたい。そうしなければ履歴書にも書きようがないだろうと言うわけです。勉強したくない子供は、考える力がないんです。考える練習が出来ていない。力はあるけれど練習していない。だから考える力が伸びていないわけです。親に対する反発で非行というか、頭を剃りあげて髪を染めてそういう友達と付き合い出したわけです。それだから親としては慌てて何とかならないでしょうかと相談にみえた。結局それは親に対する反発なんです。親はそれを見抜けないわけです、友達が悪いとこうなる。あの友達と付き合うといけない。あの友達と付き合うからあなたも引きずられてそういうふうになると。こう考えるわけなんです。原因が分からない。親白身に原囚かおる、親のあり方に原因があるということに気が付かない。家出して帰って来ないものだからばたばたして、まずお説教しないという条件で連れて帰るようにしなさいとしたから、帰ってはきた。帰っては来たが髪を染めているから学校行かれない。それである程度冷却期問を持って、学校へは行くは行く。だけど勉強はしない。まずいまは落ち着いている。それは何故か、はっぱかけないようにしたから。