考える要領 (その五) 目的確立

目的確立

それでは原因は分かったと、こういう所に原因があるんだという事が分かったとします。原因は分かったにしても、これから自分がどういうふうにしたいかと、自分の希望というか、あるいは目的といいますか、それがはっきり出てこないと、現状を変えることが出来ない。どうしたいということがなければ、あるいはどうなりたいという目的がないと、あるいは希望がないと、そういう方向に自分が実行しないから現状が変わらない。

こういうふうにしたいというのが目的、自分の目的、その目的をはっきり立てる。それが目的確立。
 
その目的はやはり理性を通して考えられたものでないといけない。感情で思った目的は感情そのものが非常に個人的ですから変わりやすい。例えば子供の時にこうなりたいと思ったのと、社会に出てからこうなりたいと思うことはかなり違ってます。同じ社会人になっても中年を過ぎてからこうなりたいと思うことと、青年の時のこうなりたいと思うことは違う。思うということは、感情的に思うことはかなり違っている。理性で考えるということは、あまり違わないようなことを、くるくる変わって行くような事を思っていたのでは目的にならない。目的といった場合にはくるくる変わらないようなものを目的とするわけです。                             
 
それはよく考えなければならない。その場合に自分がよく考えつかないならば、自分にとってどういうのが目的としていいのか、それを人の知恵を惜りたりするしかない。人の知恵を借りるという場合は自分が考えたことにはならないけれども、人が考えたことを自分が取り入れる場合は、自分が考えたのと大体同じようになるわけです。人が考えたことでない、人がただ感情的に思ったことを取り入れれば、自分が考えたことにはならない。しかし人が考えたことを取り入れた場合は自分が考えたと同じようになる。いずれにしても目的というのはよく考えて立てるものでなければならない。これがなかなか大変。今、言っている話は現状、自分の置かれている状態、あるいは自分自身の問題というような現状を、身の回りのことというか、それで一つの例として話している。目的もその線によって立てればいいわけです。
 
自分の身の回りの問題、現状に対して目的を立てるということは、そんなに深く、人生というようなことを深く考えて立てなくてもいいかもしれないですね。根本的に言うと、人生とは何かと、何のために生きるのかというような、人生の根本問題に触れて、それの線でその方向で自分の目的を、こういうようにしたいという目的を考えないと、
あまり解決にはならない。しかしそう言うと話がややこしくなるから、考える要領としての話をしているわけです。
 
一応、目的というものを、どういうものを目的とするかということは抜きにして、とにかく目的を立てなければ駄目だということです。いくら現状認識が出来ても、どういうふうにしたいという事を考えつかない限り、苦しみあるいは悩みから抜け出すことは出来ないということです。目的を立てたとします。しかし目的を立てても、それが、ただ立てたというだけでは駄目であって、しっかりその目的を立てないと、確立していなければいけない。というのは、その目的をどうでも自分か実行しようという気になる、その程度に深くというか、確かにというか、強くというか、そういうふうに目的を立てなければその目的にはならない。効果がないということです。というのは、そういうふうになるといいがなという程度位だったら、本当に実現しようという気にならない。その目的は自分で実行しない限り、その目的に行き着かないですから。普通、信仰というような場合は、自分が実行するという話は抜いてあるんです。誰かを信じる、偉大な力を信じるという話になりますから、実行という話にはならないけれど、ここでは考える要領を言っているから信仰によって救われるとか、問題が解決するとか、苦しみ悩みから逃れられるとかいう事を、今話しているわけではない。考える要領を今ここで学んでいるわけです。
 
苦しみ悩みの現状から抜け出したい、あるいはそれを変えたいという事ですから、変えたい場合にどういうふうに変えたいかがはっきりしなければ、実行はしないですね。
 
例えば、自分がカレーライスを好きでないと、カレーライスばっかり食べるのは嫌だと、そういう現状があると、それでは今度は何にしようか。それはかつ丼にしたいんであると、あるいはカツカレーにしたいんであるとこう目的がはっきりすれば、カツカレーを作ろうという実行が出てくる。ただカレーライス好きでないけれど、何にしたいかと、それはまあ考えつかない、何にしようかなとこう思って、こうしたいというのが決まらなければ料理はしかかれないわけです。
 
従って好きでないという状態、カレーライスが好きでないという状態、現状から自分を変えることは出来ない。相変わらず苦しんでいる、悩んでいるという事になる。
 
目的は立てなければならない。しかし、目的もただ立てたんでは駄目で、しっかり立てなければならない。しっかり立てるという事は、実は実行するという意欲が出てくるような立て方にならなければ駄目だということです。 どういうふうに実行したいか、どういうふうになりたいか、目的は立てたけれど、とても出来そうにないなと、そのうちなんとかなるさ、なるかもしれないというふうになったら、それは目的の中に入らない。それは感情論です。考えるということにはならないでしょう。だからそれでは本当に現状を変える,ということはとても出来ない。