唯一最良のエクササイズは?

朝日新聞Globe2011515-64日)Views(海外の眼)
The New York Times Magazine」から
 
唯一最良のエクササイズは?   
 
 バタフライを考えてみよう。スポーツの中でもっとも体に負担強いる動作の一つで、1マイル(1.6キロメートル)10分のペースで走ったり、バスケットボールの試合をしたり、家具を上の階に持っていったりするよりもエネルギーを必要とする。長く続ければ持久力がつき、体重を減らすこともできるはずだ。
 それなら、バタフライはもっとも優れたエクササイズなのか? どっこい、そうではない。「私ならバタフライに最低点をつけますね」と、かつての水泳のオリンピック選手で、英国リバプール・ジョン・ムーア大学のグレッグ・ホワイト教授(運勅科学)は言う。「みじめ、孤独、そして苦しい」。バタフライには指導者とプールが必要だし、けがのリスクを減らすために柔軟運動とウエートトレー二ングも一緒にやるのが理想的だ。
 
   一つの運動の継続を
 
 生理学者12人に最良の運動法は何かと問えば、12通りのまったく違った答えが返ってくるだろう。「最良の運動法を一つだけ選ぶなんて、運動科学のすべての分野を一緒に詰め込むようなものだ」。マクマスター大(カナダ・オンタリオ州)のマーテイン・ジバラ運動機能学部長は言う。
 そこをなんとか、と迫ると、ジバラは昔ながらの柔軟体操の基礎動作の一つを挙げた。しゃがむ→腕立て伏せの姿勢→しゃがむ→跳んで立ち上がる→……を繰り返す「バービー」だ。「これで筋肉と持続力を鍛えられる。でも……」とジバラはためらいがちに続けた。「延々と続けて楽しい人はいないだろうね」
 長時間でなくても、一つの運動を続けることがかぎなのだ。「死亡率を下げる効果の多くは運動開始後30分でもたらされる」と言うのは、ベニントン生物医学研究センター(ルイジアナ州)のティモシー・チャーチ博士だ。最近のメタ分析によると、ふだん体を動かさない人が週に5日、30分ほど速歩きをするだけで、早死にする確率が20%も下がるという。それを3倍の90分にしてもさらに4%しか下がらない。要するに最良の運動法は、1日あたりは短時間でも、長く続けられるものでなくてはならないのだ。ここから議論はヒートアップする。
 
 信州大の「インターバル速歩」
 
 「個人的には遠歩きこそ最も優れたエクササイズだと思う」と言うのはメイヨークリニック(米ミネソタ州)で麻酔学を教えるマイケル・ジヨイナー博士。持久力を高める運動の分野で学界をリードする研究者だ。
 その根拠としでジョイナーは、信州大大学院の能勢博教授(スポーツ医学)の研究を挙げる。能勢教授は、数千人のお年寄りの協力を得て、3分速歩きして3分ゆっくり歩くという運動を10回繰り返す「インターバル速歩」を5ヵ月間続けてもらった。彼らの心肺能力や太ももの筋肉は最大で20%増加したという。「トレーニング前より10歳は若返った気分になるはずです。抑うつ症状は半減し、高血圧や高血糖、肥満などの生活習慣病を引き起こす症状は20%も改善しました」と能勢教授はメールで教えてくれた。
歩くことは体重管理にも資する。15年に及ぶ研究では、毎日1時間以上歩いた中年女性たちは、何十年も体重が変わらなかった。最近の研究では、日常的に速歩きを始めたお年寄りは、脳内の記憶に関する部位が増大したことがわかった。
 
「この瞬間も筋肉は減っている」
 
だが、あえて言えば、すでに運動の習慣のある人には、歩くことはそれほど効用をもたらさない。マクマスター大のスチュアート・フィリップス教授(運動機能学)は「私ならスクワットを勧める」と言う。「最も太い筋肉、尻や背中、脚の筋肉を活発化させる」し、いたって簡単だ。「腕を胸の前でクロスし、太ももが床と平行になるまでひざを曲げ、胴体を動かさずにゆっくり下ろしていく。これを25回ほど繰り返す。かなり効き目があるよ」。慣れてきたらバーベルを使ってもいい。  
 教授によると、スクワットとウエートトレーニングは筋肉の減少を予防するのにうってつけだという。加齢に伴う筋力の衰えで、「この瞬間にも私たちの筋肉は減り続けている。ただ気づいていないだけ」。持久力系の運動では、筋肉減少を食い止める効果は大きくないという。
筋力トレー二ングは体重管理にも効果的だ。ほとんど体を動かさない男女が、簡単なウエートトレーニングを規則正しく行った結果、ウエストと下腹の脂肪が著しく減ったという研究結果もある。糖尿病と心臓血管に関わる病気のリスクを滅らす効果も確認された。教授によると、心臓と肺が筋肉組織に送り込む最大酸素摂取量を増やし、心臓血管の状態を改善すると考えられるという。生理学者の多くは持久力系の運動でしかこの摂取量は増やせないと信じているが、教授は、ウエートトレー-ニングで改普できるというのだ。
だが、スクワットだけを続けるのはどこかみっともないし、退屈だ。ウエートレーニングがあらゆる目的を満たす運動だとする科学も、挑発的ではあるが、真偽のほどはわからない。では、歩くよりも激しく、スクワットのように筋力がつく運動法はあるだろうか?
 
階段駆け上がりの秘密
 
 「H..Tならできると思う」とマクマスター大のジバラ学部長はいう。H..T、すな わち生理学者の間ではよく知られている高強度インターバル運動(High-intensive Interval Training)は、基本的に高負荷運動と低負荷運動を繰り返す運動だ、ジバラ氏の研究室ではバイクマシンで実験をした。30秒全力でこいだら、4分休む。これを数回繰り返し、全力でこいだ時間が計23分に達するまで続ける。実験者たちは2週間後、10時問以上ゆっくりと白転車に乗ったた人たちと同じぐらい心肺機能が向上していた。
この運動の改良版では、苦しいけれど何とか続けられる速さで60秒こぎ、次の60秒はゆっくり流す。それを10回繰り返す。「適切に行えば.H.I.Tはほぼすべてのスポーツに適用できる」という。
H.I.Tで唯一、不十分なのはスクワットほど'筋力を高められない点だ。だが、それも改善できるとジバラは話す。「階段を駆け上がるのは、力のいる運動であると同時にインターバル運動でもある」。要するに、階段を駆け上がることが、最も優れたエクササイズだといえるかもしれない。バタフライをマスターできなかった我々には、なんともうれしいニュースではないか。(グレチェン・レイノルズ、訳GLOBE記者 後藤絵里)  

この一年間は歩き方を求めたようなもの、その終盤にきて、歩きの効用を考えるようになって多少混乱したが、次のステップが待っていた。最高の贈り物が待っていたような気分だ。