父 杉田正臣著

(八十一)

父は
 いつも時間を厳守した

父の時計は
 一分の遅速もない当時最良のものであった

父は
 自分の時間以上に他人の時間を尊重した

父は
 わがために寸陰を惜しんだが 他人のため
 には自分の時間を忘れた

父の遺愛の懐中時計は 私の机の上で休みなく
 時をきざんでいる
 
(八十二)

父はわが子を信じた
 たとえその子がいかに背いても

父は朋友を信じた
 たとえその友の悪い噂をきいても

父は自らを信じた
 たとえいかなる困難にあっても

父は神を信じた
 たとえいかなる不幸にあっても

父の信仰は
 一朝一タに生まれたものではなかった

父の信仰は
 百難千苦の末得られたものであった

(八十三)

父の日々は
 時計の針のように規則正しかった

父の日々は
 自然の運行のように狂いがなかった

 天行は健なり自彊息まず
これが父の日々の姿であった

 浪風のしづかなる日も舟人は
 かぢにこころをゆるさざるらむ
これが父の日々の心がけであった

(八十四)

おのがじしつとめを終へし後にこそ
花の陰にはたつべかりけれ

父は
この御製を愛誦し実践した

父は
レジャーを好んだ

父のレジャーは
自然に接することであった

父は
本業を終えて後レジャーを楽しんだ

父は
いつも公用を先にし私用を後にした

(八十五)

暑しともいはれざりけり にえかへる
水田にたてるしづを思へば

父は
 いつもこの御製を拝誦して農民の苦労を
 思った

たち つづく市の家居は暑からむ
 風のふきいる窓せばしくて

父は
 毎日散歩の道すがら立ち並ぶ商家を見ては
 いつもこの御製を思い出した

父の避暑法は
 懸命に働いて汗水浴を実践することであった

(八十六)

鬼神も哭かするものは世の中の
人のこころのまことなりけり

父は
この御製を愛誦 座石の銘とした

父の処世道は
  至誠只一貫であった

父は
 相手をとわず誠を尽した

父は
 至誠は必ず天に通ずると信じた

(八十七)

父は
 百本のマッチよりも一本のマッチを大切にした

父は
 百枚の紙よりも一枚の紙を大切にした

父は
 百本の木よりも一本の木を大切にした

父は
 百冊の本よりも一冊の本を大切にした

父は
 百人の人よりも一人の人を大切にした

父は
 天上の星よりも脚下の大地を大切にした

(八十八)

父は
 忙中閑を求めて俳句を楽しんだ

父は
 俳号の通り俳句を作郎(つくろう)であった

父は
 毎日二十句を作った

父は
 毎月百句を投稿した

父は
 公務極多忙になるまでこれを続けた

父の遺稿を
 読む毎に私は父の魂の声を聴く思いがする

(八十九)

父ははじめ子規を通じて蕪村に親しんだ

父はやがて井泉水を通じて芭蕉に親しんだ

父はまた一茶の庶民性とユーモアを愛した

父は寸暇をみつけて県下を旅し
 その自然に親しんだ

父は公用の旅を延長して
 日本中の神社と御陵を参拝した

父はたえず自然に親しみ
 自然の心を自分の生活に生かした

(九十)

父は
 十四歳の時学に志し郷里を出た

父は
 二十九歳の時眼科専門医として独立した

父は
 四十一歳の時九死に一生を得て迷を去った

父は
 五十歳の時日本医師会議員となり天命を知った

父は
 六十二歳の時県医師会長となり会員の声を
 すなおに聞いた

父は
 七十一二歳の時心の欲する所に従い公職を辞した