松のほまれ 松尾多勢子 第十七
第十七 刀自年来の宿志を遂ぐ
さる程に、王政復古の気運、ますます切迫せるを以て、しばらくも猶豫すべからざるの飛報続々在京の志士より、達せしかば、遂に家事一切を、その親族に託し、男誠、盈仲、為誠、孫干振等を隨へ、再び上京の途につき、途上、鏡山をすぎて、
かゞみ山心ろのくももはれにけり
たちかへる世のおもかげを見て
刀自は、着京の後、直ちに各藩旧知の志士を訪ひ、共に既往を談じて、吉田松陰、久阪直八等を始め、その他、殉難諸士の不幸を逍懐し、互に感涙にむせびけり。
時恰かも、大政奉還となり、六百八十余年の間、武門に移りし大権は.再び旧に復し、うららかなる天日を拝するを得るに至れり。ここにおいて、刀自年来の宿志、全く成り、欣喜措く能はず、尋いて、幕軍征討の大詔煥発せらるゝに及び、卒先して、長男誠を、北陸道総督高倉永祐卿に、女婿北原信綱を、副総督沢為量卿に、二男盈仲、三男為誠を、東山道総督岩倉具定卿に、各々従軍せしめけり。
男の子等が従軍の門出をいはひて
陸奥のうはらしこ草打ちはらひ
はなのにしきを身にまとひてよ
行きてはや帰りきてまし陸奥の
なこそのせきに名のみとゞめて