松のほまれ 松尾多勢子 第九

 第九 刀自足利木像泉首の議に與る

文久三年二月廿一日角田忠行、洛西の等持院詣りて、足利三代の木像を観んとす。寺僧、賽を求めて、帳を開かんと、忠行嚇として怒り、罵りて曰く逆賊の像を観るに、何ぞ賽を用ひるの要あらんやと。去りて、長尾武雄、小室信夫の両士を訪ひ、幕府の横暴を懲し、以て数百年の欝憤を霽らすべしと、相伴ひて、野呂久左衛門の寓に到り、こゝに、同士中島錫胤、西川吉輔、岡元太郎等の諸士と、相会して事を謀りぬ。

翌廿二日、忠行、正胤を始め、同士九人、暴雨を冒して、薄暮等持院に闖入し、院内に蔵せる足利三代の木像の首を刎ねて、これを三條河原に梟し、かつその罪状を掲げて、これを天下に公示せり。而して刀自も、またその謀議に與りたり。然るに、幕府、この所為を見て、大に憤り、この挙に與りしものを捕へて、厳刑に処せんと、日夜探索すること切りなりしかば、同士は為めに、四方に離散して、一時その姿を匿すに至れり。

刀自も、また災のその身に及ばんことを恐れて、窃かに姿を男装に更へ.巧みに捕吏の目を晦ましたりき。
 
                           た  せ  子
あかねさすひつぎの宮も古しへに
     たちかへるべき今日のはるかぜ

(松のかほり 清水謹一著 公論社刊より)