三宝法典 第二部 第六三項 親族の葉かげ

親族の葉かげ

世尊、祇園精舎にましませる時、親族に対する利益ある行いにつきて説きたまえり。サーバッティーのアナータピンディカ (給孤独長者)の家には、つねに五百のビクに対する食物が用意せられたり。またビサーカの家にても、コーサラ王の王宮にても同様なり。

されど種々の上等の食物を王宮にて受けたるビクらは、お互いに親しみなきため、長者やビサーカその他の親しき者の家に持参して食したり。これをいぶかりたるパセーナデイ王は、世尊を訪れてこの理由を問いたれば、世尊は仰せられたり。

「大王よ、食物は親愛が第一なり。すゆくなりたる粥も、親しみをもって施さるるならば、うまきものなり。」

「世尊、ビクらにとりて、何びとが親しみありや。」

「親族とかシャカ族の者などなり。」

かくて王は、シャカ族の娘をおのれの第一夫人となせば、ビクらと親しみを増すならんと思いて、シャカ族に使を送りて、王族の娘を求めたり。

シャカ族の人々、あい集りて論議し、たとえ大国の王なるも家系正しからざれば、シャカ族の王女をとつがしむることかたし、されど、これをしりぞくれば王は兵力をもって攻めよするならんと。かくて一族の長者、マハーナーマが腰元に産ませらる十六歳のうるわしき娘、バーサバカッティヤーをとつがしめたり。

第一夫人となりしかの女は、王子を産み、その王子はビドーダバと名づけられたり。王子は十六歳となりたる時、祖父に会いたきものと、カピラ城を訪れ、数日間とどまりて帰れり。そのおり、王子が公会堂に腰かけたるところを一人の下女が、「はした女の息子が坐りてけがれたり。」

とののしりつつ、牛乳と水で洗い清めたり。これを聞き知りたる王子の従者は、これを王子に伝えたれば、

「予が王位につきたる時に、やつらののど笛の血をとって予の坐りし腰かけを洗い清めん。」と心に深く、うらみを抱きたり。

その頃、パンドーラと言える将軍は正しき裁判をなして、人々の信任を得たるも、王は他の家臣のざん言によりて将軍とその子らをあざむきて殺したり。

前の行いの報いとして、これをうらまざる将軍の妻らに対して、後悔をなしたる王は、将軍の甥なるディーガ・カーラーヤナを将軍となせり。

罪なきパンドーラを殺して後悔に苦しむ王は、シャカ国の町、ウルンパに世尊とどまりたもう時、少数の供を連れて精舎にまいり、王の五つのしるしをカーラーヤナに渡し、ただ一人、香室に入りて法荘厳経(ダンマチューティヤ・スッタ)にあるごとく応答せり。この間にカーラーヤナは、五つのしるしを奪いて、ビドーダバ王子のもとに走り、王となせり。老王は南に下りて甥のアジャータサット王を頼らんとせるも、老衰のため、ラージャガハの城外にて死し、アジャータサット王は叔父のために厚く供養をなせり。

王位を得たるビドーダバはシャカ族へのうらみをはたさんと、大軍をひきいて出立せり。世尊は、朝早く世界を観察せられてこの事を知られ、親族を救わんものと、国境の近くシャカ国側に出でられ、葉かげの少なき一本の木のもとに坐したまえり。

コーサラ国側の葉かげ多きニグローダ樹のもとに坐したまわぬ世尊を見出せし王は、挨拶をかわして問いたてまつれり。

「世尊、何ゆえにかくのごとく暑き盛りに、葉かげ少なき木のもとに坐したもうや。」

「大王よ、親族の葉かげば涼しきものなり。」

王は世尊のみ心を察して、軍をひきいて城に帰れり。

されどうらみを忘れざる王は、ふたたび軍を起してカピラ城に向かえり。世尊もまた、葉かげ少なき木のもとにみ姿を現わしたまえり。かくのごとく三度びくりかえされたれど、四度び目にはこの宿縁をとどめ得ずとして、静かに法を観じて精舎に坐したまえり。

南伝三四巻一頁小部本生経四六五バッダザーラ・ジャータカ
アジャータサットの父ビンビサーラの妃はコーサラデビイーでパセーナディの妹である。 一般にはアジャータサットの生母はべーデヒーとせらる。