三宝法典 第二部 第五五項 サンガの分裂

サンガの分裂

時に世尊、ラージャガハに托鉢せられしが、デーバダッタもまたその町に托鉢せり。世尊ははるかにかれを見たまいて立ち去らんとせられたり。アーナンダその理由を問いたてまつれば世尊は、
 
「デーバダッタを町に見るゆえに、われかれをさけんと思えり。」

「デーバダッタを恐れたもうや。」

「いななり、かれを恐るるにあらず、悪人に逢うべからざるがゆえなり。」

「しからばデーバダッタを去らしめたまえ。」

「去らするにあたらず。かれの思いのままになさしむべし。アーナンダよ、愚かなる人に逢うてはならず、愚かなる人と事を共になすべからず。無用の議論をなすなかれ。愚かなる者は、みずから悪を行い正しき規律にそむき、日に日に邪見を増すなり。デーバダッタは今、利益を得て心たかぶれり。さながら悪しき犬をむち打つがごとく打てば、打つほど悪しきを増すがごとし。」

かくのごとく仰せられて、アーナンダを伴い他の町に托鉢せられたり。

デーバダッタは世尊に代りてサンガを主宰せんと願えり。この時、モッガラーナはシダイの国にありしが、天界に生まれしその弟子カクラより、かれの悪しき心を告げられ、驚きて竹林精舎にまいり、これを世尊に申し上げたれば、世尊は、

「すでにわれ、知れり。」と仰せられたり。

デーバダッタはその弟子四人を伴いて、竹林精舎に急ぎまいれり。世尊はかれらの来たるを見たまいて、

「愚かなるかれらは、われに対し、みずからを褒め、サンガの主宰を語るならん。」

と仰せられたり。モッガラーナはふたたびシダイ国へ帰れり。デーバダッタの一行は、世尊のみもとにまいり礼拝なして申し上げたり。

「世尊はすでに年老いて衰えたまえり。もろもろの弟子を導きたもうは労苦ならん。今よりわれ、世尊に代りてもろもろの弟子のために法を説かん。世尊はただ静思を楽しみたまえ。」

「デーバダッタよ、われはサーリプッタモッガラーナのごとき知恵明らかにして行い円満なる大アラハンにさえ、この大衆の導きをまかせざるなり。ましておんみのごとく、利益のために他人のつばをくらうがごときものに、この大衆をまかすことかたし。」

デーバダッタは一言も返えし得ず、しおれてそこよりしりぞきて、心に深く怨みをいだきたり。

「世尊は大衆の面前にてサーリプッタモッガラーナを褒めたまい、われをはずかしめたまえり。この怨みはいつの日か報ゆるべし。」と。

かくてある日、かれはサンガの規律のゆるみたるを理由とし、五つの新しき規律を作らんと世尊に請えり。
 一、林中に住み、町の近くに住むべからず。
 二、戸毎に食を乞い、招待の供養を受くるべからず。
 三、一生涯、糞掃衣を着るべし。
 四、樹下に住み、室内に眠るべからず。
 五、肉を食すべからず。

と、されどいたずらに厳しき規律を作りて、行いを束縛なさんよりも、心の垢を除くを主となしたもう世尊は、この請いをしりぞけたまえり。かくてただちにサーリプッタを呼びて仰せられたり。

「今よりデーバダッタの組の者のもとにまいり、かの規律を受くるなれば、まことの教えにたがうなりと伝ゆべし。」

サーリプッタ、答えて申し上げたり。

「世尊よ、われは先にデーバダッタを褒めたることあり。今またそしることを得ず。」

「褒むるも実なり。そしるも実なり。あやまれるは正すべし。」

サーリプッタ、この仰せを受けて、デーバダッタの組の者にこれを伝えたり。かれらはデーバダッタに従うものなれば、かくのごとく語りたり。

「世尊の弟子らも、デーバダッタ尊者の手厚き供養を受くるを見て、ねたみを起こせり。」と。

サーリプッタはまたラージャガハに入り、信者らにもこの事を伝えたり。デーバダッタはその新しき規律をもって進まんと決し、その弟子の賢きサムッダダッタと語り、反省会の日にこの新規律を唱えて人々の同意を求めたり。

その集りにあらたに出家なしたる五百人のベーサーリのビクら、いまだサンガの規律を知らざるゆえに、この新規律に同意せり。その時、サーリプッタモッガラーナの大弟子は不在にて、アーナンダは上衣を着けて座より立ち、

「この新規律は世尊の定められし規律にあらず。もろもろの長老達よ、もしわが言を認むるなれば、上衣を着けて立ちたまえ。」

と申せり。六十人の長老らはアーナンダの言葉に従えり。されどデーバダッタは五百人の新弟子を得たれば、長老らにサンガをはなるることを宣言し、かれらを従えてラージャガハの西南五十キロほどなるガヤー山におもむけり。

五百の新弟子がかれらに連れ去られしは少なからずサンガの人々の心を動かせり。かくてサーリプッタモッガラーナは世尊の許しを受けて奪われし弟子らを救いいださんとガヤー山におもむけり。これを見てかの二大長老もデーバダッタの弟子となるにあらずやと案じて泣けるビクもありたり。世尊は気づかえるビクらに、

「おんみら、憂れうるなかれ。両人は必ずやかしこにおいて、法の威徳をあらわすならん。」と仰せられたり。

サーリプッタモッガラーナが、ガヤー山に着ける時、デーバダッタは説法のさ中なりしが、この両人を見て喜び迎え、

「おんみらは、先にわが新規律を認めざりしも、今よくわが心をさとりて来たるならん。サーリプッタよ、われ今、疲れをおぼゆるなれば、おんみはわれに代りて法を説きたまえ。」

と言いて、世尊のなさるるにまねて、大衣を四つにたたみ、右を脇を下にして臥したり。その時、モッガラーナまず神通をあらわし、サーリプッタは法を説きたり。

五百のビクらは夢のさめたるがごとく、先のあやまりを悔い、ただちに二大長老に伴われて山をあとにせり。サムッダダッタはデーバダッタを呼びさまし、これを告げたれば、驚きてかれらをののしり、大地を踏みて怒り狂い、鼻より熱血をふき出せり。


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