童話「せんがいさん」 すりばちひとつ

童話「せんがいさん」 吉永光治作

 すりばちひとつ

むかし はかたに せんがいさん という おぼうさんが いました。

とても えらい おぼうさんで いろいろ と おもしろい おはなしが あります。

あるひ せんがいさんの ところへ おさむらいさんが あそびにきていました。
 
「かわやは どちらに ござるかな」
 
「あちらじゃ」「あちらで ござるか」 

おさむらいは たちあがると あたまを ひとつさげて いそいで へやを でていき ました。

しばらくすると おさむらいの おおきな こえが しました。

「せんがいさん おてあらいの みずが ござらぬが」

「はいはい ちょっと まって くだされ」

せんがいさんは だいどころに いくと すりばちに みずを いれて かわやに もって いきました。

「やや これは すりばちでは ござらぬか」

 おさむらいは びっくり しました。
 
「これは おてあらいばちじゃ ごえんりょなく おつかい くだされ」
 
せんがいさんは おさむらいの まえに みずの はいった はちを さしだしました。

おさむらいは せんがいさんの かおをみながら そっと てを あらうと へやに もどって いきました。

おひるになると ごちそうが だされました。

「どうぞ めしあがり くだされ」 

「こ これは さきほどの てあらいばちでは ござらぬか」
 
「いや これは めしびつじゃよ」
 
せんがいさんは すました かおで いいました。
 
おさむらいは かおを まっかにして さっと たちあがりました。
 
「これこれ そう おこることは あるまい ちょっと おすわり くだされ」
 
おさむらいは むすっとして すわりました。
 
「さあ ききなされ。めしを いれたら めしびつ。てあらいみずを いれたら てあらいばち。いま めしを いれとるから めしびつじゃ おまえの うちの てあらいばちは よほど きたないと みえる わしのは いつも きれいじゃ きれいさも きたないも ないわい」
 
せんがいさんは そういうと おいしそうに めしを たべはじめました。

【メモ】仙厓は博多の風土性にとけこんで、博多の大衆とともに生き切った偉大な禅僧であった。達磨大師を描き「面壁九年いやなこと」と賛した仙厓の画がある。これこそ仙厓にして初めていえる賛で、決してふざけた賛ではない。仙厓は「学者くささは、なお忍ぶべし、仏の仏くさきは忍ぶべからず」と、常に仏の仏くさいことが嫌いであり、また座禅くさい座禅を非難している。達磨大師は印度から中国に来て、九年面壁の座禅をされた禅法東渡の初祖である。その大師に向かって、九年面壁したことを鼻にかけるようでは鼻もちならぬ、いやなことだと言っているのである。(三宅酒壺洞「博多と仙厓」より)

よしなが・みつはる氏は1937年生まれ。日本人類言語学会会員 童謡詩人、童話作家。講演活動中。福岡市在住。