歩けるお年寄りは脳トレするよりも(うっかりすると筋トレよりも)、まずはせっせと散歩するべき?

 ヒトの記憶を司る脳部位である「海馬」は、加齢とともにその体積が減少し、その結果としてdementia(痴呆:現在は「認知症」と呼称される)のリスクが高まることが知られています。
 一方で、習慣的に運動を盛んに行っているヒト成人ではその海馬の体積が大きく、また運動をしていると海馬の内部構造に変化が現れることもこれまでにわかっています。しかしながら、どれくらいの運動をするとどの程度海馬を加齢による衰えから「守れる」かについては知られていませんでした。
 ピッツバーグ大の研究チームは、65±5歳前後の高齢者120名のボランティアを集め、これを以下の60名ずつの2つのグループに分けて、1年間経過観察しました。なお、実験開始直前に全員のMRI画像を撮り、2つのグループ間で海馬の体積に差がない(統計的に)ことを確認してあります。
運動グループ:積極的に有酸素運動(早歩き)を行ってもらったグループ。ある程度高めの心拍を保つよう、早歩きしながらの散歩をしてもらっています。最初は10分間の散歩からスタートし、週が変わるごとに5分ずつ散歩時間を延ばしてもらい、第7週目以降(実験終了まで)は40分間の散歩をしてもらうようにしています。
ストレッチグループ:有酸素運動ではないが、一定時間体を動かすフィットネス(ストレッチ&引き締め運動)を行ってもらったグループ。専門のインストラクターの指導の下で、ウォームアップ&クールダウンのストレッチ&引き締め運動を行ってもらっています。内容としてはダンベルorリストバンド運動、バランストレーニング、ヨガとなっていて、ボランティアが飽きないように3週ごとにメニューを変えています。
そこで、6ヵ月後と1年後にそれぞれ改めて2つのグループのMRI画像を撮って海馬の体積がどうなったかを比べたところ、6ヵ月後には「運動グループ」の方が「ストレッチグループ」よりも海馬の体積が大きくなり始め、1年後には完全に「運動グループ」の方が「ストレッチグループ」よりも明確に海馬の体積が大きくなることがわかりました。
 また、「運動グループ」では実験期間(1年間)の間一貫して海馬の体積が増え続けているのに対して、「ストレッチグループ」ではそのような増加は見られませんでした(むしろ弱い減少傾向が見られた)。
 最後に簡単な空間記憶能力テスト課題を用いて記憶力がこれらのトレーニングによってどれだけ変化したか調べたところ、「海馬の体積が増えた」ヒトほど記憶力が向上していることがわかりました(単に「運動グループ」に割り振られただけでは記憶力は向上しなかった)。
 これらの結果から、フィットネスのような筋肉をつける運動よりも、早歩きでの散歩のような積極的な有酸素運動の方が加齢による海馬の体積減少を防ぐだけでなく、逆に海馬の体積を増やすことがわかりました。さらには、海馬の体積が増えた結果として記憶力が向上することも確認されました。
 特に、今回の研究で観察された1年間の散歩による海馬の体積の増加幅は、通常の高齢者に見られる1~2年間の加齢による海馬の体積の減少にほぼ等しく、言い換えれば「1年間散歩することで海馬が1~2年若返った」ということでもあります。
 高齢者の加齢に伴う認知能力の低下や海馬体積減少によるdementiaリスクの増大を防ぐ方法論は色々提唱されてきましたが、この研究は「シンプルな早歩きでの1日10~~40分間の散歩」に大きな効果があることを示しました。加齢による認知能力・脳機能の低下が心配な人は、「脳トレ」も筋トレも結構ですが、まずは心拍が少し上がるくらいのペースでの散歩から始めるのが良いかもしれません。


Proc Natl Acad Sci U S A. 2011 Jan 31
時事通信の記事にもなった、「1日40分・週3日の速足で歩く有酸素運動」で海馬の体積が増加すると同時に、記憶パフォーマンスまでもが改善したと報告するPNAS論文。割と簡単な報告なので、サクッとreviewしちゃいます。
大「脳」洋航海記

 色々集めた資料の中で一番すっきりする内容かも。ゆっくり歩くことに関心があったのだが、考えをあらためる時期に来てしまったようだ。明治以前の日本人のように歩きたいと思ったことが一つのきっかけではあったが、よく考えてみると大変な見落としがあったことに今にして気付いた。平均年齢の違いを全く考慮していなかった。中岡慎太郎のように歩きたいと言っても彼は30前に殺されている。歩き方は真似できても他は無理。年齢差を考えて出直しだ。「速足で歩く」即実行。