原始仏教講座 第二講 その十四

第二講 その十四

供養、ご飯を差し上げて、どうぞご飯を食べてください、そして修行を続けてください、修行の結果を私たちに導いて下さい、としてご飯を差し上げるわけです。そういう礼賛供養に価する、それだけの値打ちのある、こよなき最上の世間においての福田なり。

福田というのは、プンニャケッタという原語ですが、田というのは田圃です、田圃というのはお釈迦様たちが着ておられた衣が、布れの、つぎはぎだらけのものですから田圃の形をしているんです、縫い目が。1枚の新しい衣ではない。古布を寄せ集めた物だから田圃の形に縫い目が出来ている。それを着ておられる方が修行者坊さん達です。そういう衣を着ている修行する人達にご飯を差し上げる、いい事をする、そうするといい事をしたから、そのいい事の報いが自分に返ってくる。そういうことで、自分に幸福をもたらしてくれる、そういう方々である。だから福田だというわけです。

これは信者にとっては坊さんたちを自分たちが供養することで、それだけでも幸せが巡ってくる。そういう有難い存在であるということなんです。信者さんは何をするか、信者は供養するということなんです。難しい哲学的理論を聞くということではないということです。

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