三宝法典 第二部 第七六項 入滅の地と四所

入滅の地と四所

かくて世尊はアーナンダに告げたまえり。

「アーナンダよ、これよりヒランニャバテイー河の向う岸なるクシナーラー、マッラー族のウパバッタナのサーラ林におもむかん。」「かしこまりたり世尊。」

世尊、ビク衆と共にクシナーラーのウパバッタナにおもむき、ここに至りて、仰せられたり。

「アーナンダよ、おんみわがために、サーラ双樹の間に、頭を北に向けて床を敷くべし。われ疲れたり、われ横にならん。」

アーナンダは仰せのごとくなしたれば、世尊は正念をもちて足の上に足を重ね、右脇を下にして獅子臥をなしたまえり。(パーバーとこの林とは数里の間なれど、中途において世尊は二十度も休みたまえり)

この時、サーラ双樹は、時ならざるに花咲き、すべての花は満開となりたり。如来の供養のために、如来のみ身体に散りそそげり。如来の供養のために、天の音楽はこ空になりひびけり。ここに世尊はアーナンダに仰せられたり。

「アーナンダよ、おんみは天の神々と、ならびに樹の神々がわれを供養なすを見るや。」「しかり。」

「されどかかる手段にて如来は尊敬せられ、供養せらるるにはあらず。わがもろもろの弟子信者にして、そは男なるも女なるも、法と法に従うとに到達し、そこに住し、法に従いて行うものこそ、如来を最上に尊敬し、供養なすものなり。」

時にウパバーナビクは、かつて世尊のつきそい人として仕えたりしが、世尊のふしたもうを聞きで深く憂れい、来たりて世尊のおんそば近くに立ち、世尊を仰ぎ居たり。

世尊は「おんみ今、わが前に立つなかれ。」と仰せられて、かれをかたわらにしりぞけたまえり。アーナンダはこれをいぶかりて問いたれば、世尊は仰せられたり。

「アーナンダよ、われはかれをいとうにあらず。もろもろの天神がいま、われを見んとして競い来たれるも、ウパバーナの威徳にさえぎられて、われに近づくことを得ざればなり。」と。

さらに世尊、アーナンダの問いに答えて告げたもう。ビクは女人に対し、見るなかれ、話すなかれ、話しかけられて警戒せよと。またアーナンダの問いについて答えて告げたもう。如来のシャリについて煩わさるるなかれ。おんみは最高善に努力せよ。多くの信者らが、転輪王の葬式のごとくなすならんと。また仏塔、縁覚者塔、声聞塔、転輪王塔は塔をたつるに値いすと。

時にアーナンダは精舎に入り、かんぬきに手をかけて泣けり。

「ああ、われは未だ修学の中途にてなすべきことあり。しかもわれをあわれみたもうわが教主は、入滅なしたもう。」と。

世尊はビクをつかわしてアーナンダを呼びたまい、一方に坐したるアーナンダに仰せられたり。

「止めよ、アーナンダよ。悲しむなかれ、泣くことなかれ。アーナンダよ、かねてわれかくのごとく説けり『すべてのいとしく好ましき人々も生別あるいは死別し、死後との境界を別にす』と。アーナンダよ、いかにしてうつり変わらざるものありや。かの生じたる、存在せる、また造られたるものすべて、こわれずという道理なし。永き間おんみは利益ある、無量の慈しみある身口意の三業によりて如来に仕えたり。アーナンダよ、おんみは福善をなせり。精進をなすべし。しからばすみやかに煩悩なき者となるべし。」

「ビクらよ、アーナンダに悲しむなかれというは、時をへずしてかれは解脱なすがゆえなり。いにしえを諸仏にもアーナンダのごときつきそい人ありたり。また後の諸仏にもつきそい人あるべし。アーナンダは信仰厚く、心正直にして身に病いなく、つねに勤めておごることなし。その知恵は深く、わが説ける法を記憶して忘るることなし。またわれに逢わんとなす人々の折よき時を知るがゆえに、人々われに逢いて法を聞き、多くの功徳を得たるなり。

アーナンダにはやさしみの徳あり。ビク来たれば、かれはその健康を問い、ビク尼来たらば、聖なる規律を奉ずべしといましめ、ウパーサカ、ウパーシカー来たらば、三宝に帰依せよ、規律を守れ、おんみの父と母とを敬え、聖者を供養せよとはげますなり。これを聞く者すべて喜びかつ楽しみ、その徳をしたえり。

『アーナンダよ、師が入滅なすなれば、解脱を得る時なしと悩み悲しむことなかれ。われ成道なしてよりこの方、説き来たりしすべての経ならびに規律は、これおんみの師なり。おんみの守りなり。おんみの依り所なり。われは世の父、世の友、われ父として友としてなすべきことはなし終えり。われなきあとこれを念じ、これを行い、マハーカッサパと共に世を導きて、仏事をなすべし。わが正法は広まり、人天を恵むならん』

「アーナンダよ、おんみクシナーラーに入り、マッラー族に伝え上『今夜半に、如来は入滅なしたもうべし。人々出で来たれ、のちに如来の最後の時に、如来を見ることあたわざりしとの悔いをなすことなかれ』と。」

アーナンダは仰せのごとく一ビクを伴いてクシナーラーに入り人々にこれを伝えたり。この時、マッラー族は用件を語りつつ会議堂にありしが、これを聞きて人々は、驚き悲しみ、すすり泣きの声、町にみちみちたり。

「世尊の入滅なしたもうこと、あまりに早し。善逝、世間の眼かくれたもうことあまりに早し。」と。

南伝七巻一二〇頁
シャリ(骨)