辺見庸ロング・インタビュー 沖縄タイムス 国策を問う  沖縄と福島の40年 9 (1)(2)

辺見庸ロング・インタビュー
沖縄タイムス 国策を問う
 沖縄と福島の40年 9
 
復帰40年・安保の実相
 作家の辺見庸さんが迫る
 
「安保という国策は大震災という『国難』にあっても最重要である」という論理の下、「沖縄の住民はとやかく文句を言わずに、お国のために我慢しなければならない」という新たな押し付けと切り捨てが、今始まりつつある。
 「国策を問う」~沖縄と福島の40年~は、作家の辺見庸さん(68)が3・11後の安保環境の変化や復帰40年の実相に迫る。沖縄は単に「島」であり、「石」とみなされてきたのではないか。「戦後民主主義」を根元からはぎ取り、むき出しの現在を提示する。
(特別報道チーム・渡辺豪)
 
〔前編〕
沖縄今なお「石」扱い
 
(1)3・11支援 米の真意
 
 -東日本大震災の約2週間後、ルース駐日米大使が被災地を訪問し反響を呼びました。
 
 辺見 彼の被災地訪問の風景は実は歴史が大きく移行していくというか、歴史が静かに新しいページをめくった瞬間として僕は息を詰めて見ました。“感動的シーン”の陰に歴史の曲がり角がありました。これは復帰40周年の実相ともかかわります。ルース大使は僕の故郷、石巻を夫人とともに訪問し、同行した米太平洋軍司令官も奥さんと一緒でした。まだ余震が激しいなかですから、相当の覚悟であったことは間違いない。あのとき米軍は同時に沖縄の精鋭部隊を含む将兵2万4千人を被災地に出し、さらに空母ロナルド・レーガンなど20隻以上の艦艇、190機の航空機を動員して、自衛隊と緊密に連携し作戦を実行した。ルース大使はホワイトハウス中枢でもかなり大統領に近い人ですね。戦略的に物事を考えることができる人だと思います。
 そういう背景を見れば、同盟国への単なる友情表明ではありえません。多角的効果を計算した戦略的な演出という側面を見落としてはなりません。[ルース大使はよい人だ]とか、「米軍はよい軍隊だ」というふうな感情で片づけられる風景ではない。わたしは日本の沖縄以外の地域を沖縄と区別して「本土」と呼ぶのに抵抗を覚える人間ですが、ここでは我慢して「本土」という言葉を用います。ルース大使の被災地訪問および米軍の救援活動について米国側は連日すごい広報をしている。「トモダチ作戦」は対日関係、対中国を強く意識し、朝鮮半島情勢をにらんだ、まさに総合的な日米共同オペレーションでした。そういう重要な側面を削いで本土メディアは報じた。
 かつて吉田茂首相は朝鮮戦争が勃発したとき、「天祐」と言いました。天の助けだ、と大喜びしたのです。とんでもない暴言なんだけれども、日本にはそれを恥じいり吉田茂を糾弾する世論はなかった。戦後間もない時期、貧困の淵にあった日本には朝鮮戦争反対の本格的運動はなく、戦争特需で儲けることができる、ビジネスチャンスだと、あの大きな戦争をとらえたのです。それとは異なる文脈だけれどもアメリカ側はこの震災、原発事故を、同盟国が苦難に陥っていると同時に、その苦難というのが米国にとってはひとつの失地回復のチャンスだというふうにとらえた。それは想像に難くありません。国務省、国防総省が中心になって、作戦計画がねられたのは当然です。日米関係は特に民主党政権になってから、あっちいったりこっちいったりして不安定でした。日米関係が不調な中で3・11が起きたということは、もう一気に挽回できるチャンスだというふうにとらえない方が嘘であって、それが外交というものです。外交には常に表舞台と裏舞台があり、謀略もあれば暗闘もある。画策、密約、大芝居は外交の常です。
ルース大使は首相よりも早く石巻に行き、被災者を涙ながらにハグした。それは嘘ではない。しかし、それをもって米国と米軍=善と結論するのはどうでしょうか。日本の特にテレビメディアは、米国の狙い通りに報道した。あれを見ていると、まるで国務省の広報番組そのもので驚きました。大多数の人たちはルース大使が、まだ余震の激しい中、現地へ来たことにものすごく感謝したし、大きな拍手を送ったのは事実です。ただ、そこに戦略的背景というものを見なかった。それをうすうすは感じていても、書くことができなかった、主張することができなかったメディアつて一体何なんだろう。3・11以降の日本の報道姿勢というのは、戦後報道史上でも最悪の堕落というのかな。原発メルトダウンの話も含めて、あるべき報道の機能を果たしていなかったんじやないですか。
 
 -辺見さんは、故郷の石巻がそういう「舞台」に選ばれたことをどう受け止めましたか。

辺見 ショックでしたね。石巻の風土を知っているだけに非常にびっくりしたし、もっと巨視的に言うと、これで沖縄の基地問題で注文をつける精神的なバネというものがなくなったか、一気にゆるんでしまったのではないかと危惧しましたね。
 
(2)「トモダチ」を美談化

 -GHO(連合国軍総司令部)の最高司令官を務めたマッカーサーはかつて日本人を「12歳の少年」と評しました。
 
 辺見 マッカーサー発言の真意はいろいろ議論があるところですが、日本人の心性というのはマッカーサーが見ても、あるいは現在の米大統領やルース大使が見てもとても複雑で、時には幼稚に見えたり、卑怯に見えたり、手を焼いていると思います。手を焼くというよりも不思議でしょうがないんじゃないかな。ただ、じゃあ米国の日本に対する意識はどうといえば、わたしはやっぱり「占領国」か属国なんじゃないかと思います。占領軍という記憶、無意識の意識というかな、それがまだ抜けていない。そういう意味でも日本と米国の間にはフェアな関係性というのはまだない。3・11における米側の救援活動は、もっと子細に検討されなければならないと思う。「オペレーション・トモダチ」というのは戦後日米関係史ひいては復帰40周年を迎える沖縄を考えるうえでも非常に大きな「作戦」でした。
 僕が特に注目しているのは、1997年の日米ガイドラインで、有事の日米合同司令部として日米共同調整所をつくることになったんですが、今回初めてそれが機能したことです。「トモダチ作戦」というのは有事における日米共同作戦のためのきわめて実践的な予行演習であったし、そのまま戦争演習につながるものでした。それは何を想定した訓練だったか。民間施設の利用や上陸作戦も行ったわけですが、想定されたのは、さしあたり朝鮮半島有事ではないでしょうか。
 それを冷静に分析して書こうとしないで、センチメントだけで米側の友好姿勢、友情の証しみたいな美談仕立てにしてしまったというのはまさに日本の本土メディアの敗北です。特に呆れたのが今年1月のNHK。夜9時のニュースのキャスターがルース大使にインタビューして、大使の被災地訪問、米軍の救援活動は感動的たった。ほんとにありかとうと何度も感謝表明した。それだけならまだしも、大使の被災地訪問と沖縄の普天間問題を結び付けて言う。あれは明らかにおかしい。あまりにも偏光した報道だと思いますね。石巻のハグシーンを繰り返し流す中で、普天間基地の問題をつなげて語るというのはどういうことでしょうか。救援活動への謝意と基地という軍事戦略上の問題、つまり次元の異なる2つの問題をごっちゃにして、それで沖縄に普天間基地の問題でほとんど物が言えなくなるような状態をキャスター自身がつくってしまっている。それこそが米側の狙いだったのです。NHKのキャスターの態度ともの言いは、植民地の卑屈なメディアが宗主国の大使にするようなものだとわたしの目には映りました。
 
トモダチ作戦では、米軍司令官が支援物資の空輸で「普天間飛行場の死活的重要性が証明された」と強調しましたが、それを批判的に報じたのは沖縄の地元紙だけでした。

辺見 昨年の春は日米関係にとって特にセンシティブな時期というか、米側にとって非常に雰囲気の悪い時期でした。普天間間題、それから鳩山由紀夫氏の不見識発言の収拾も付いていないのに加え、米国務省日本部長ケビン・メア氏の一連の発言(★)があってね。日米関係の先行きに米側か強い危機感を抱いていたときだった。だから僕がさっき言った、彼らにとって震災はある意味で「天祐」であっただろうと。それは彼らにとってだけじゃない。日本政府にとっても、外務省あたりは内心、風向きが一気に変わってよかったって思っているのではないか。米側が「トモダチ作戦」なるものに投じた資金は8千万ドルと言われている。68億円ぐらいでしょ。微々たるもんですよ。それで数十倍の効果を得たわけだから。
 
 -差別発言で米国務省日本部長を更迭されたケビン・メア氏は、3・11後に一時、国務省の日本支援特別チームの調整役を務めました。
 
 辺見 驚いています。なぜそんな無神経なことがまかり通るのか。米側は日本や沖縄をまだ侮っているのじやないか。日本や沖縄を本当に知悉している識見が豊かで偏見のない専門家、外交官がいかに少ないかということです。ケビン・メアは退官後、米コンサルティング組織の上級顧問に就任して、使用済み核燃料の再処理問題を手がけたりしていたと言われ、怪しい影を引きずっている。昨年5月には総理大臣官邸を訪問し宣房副長官補と接触したり、沖縄侮辱発言以降も日米関係で暗躍どころか大っぴらに動きまわっている。わたしには理解できません。
 米側としては、3・11の救援活動で危機的だった局面を一気に変えたわけで、まったく思惑通りにいったわけです。だから、震災後の「思いやり予算」の特別協定は一発で決まった。われわれにとって非常に腹の立つ重大な矛盾なわけだけれども、「トモダチ作戦」で助けてもらったのだから、いいじゃないか、という空気に急激に変わってしまった。歴史的転換と言ってもいい。ですから、3・11というのは未曽有の災害であるとともに、米側や日本の軍備強化路線を唱える勢力にとっては「天祐」でした。これこそ路線転換のチャンスだと思っている人間がいるのです。
 
 ★ケビン・メア氏の差別発言問題…米国務省ケビン・メア日本部長が2010年末に米大学生らに国務省内で行った講演で、「沖縄はごまかしの名人で怠惰」などと発言していたことが、講義を受けた米大学生らが書き留めたメモで明らかになった。メモによると、「日本人全体がゆすり文化の中にある。まさにゆすりであり、それが日本文化の一面だ」と述べた後に「沖縄はその名人であり、沖縄戦における犠牲や米軍基地の存在に日本政府が感じている罪(の意識)を利用している」などと述べた。