松のほまれ 松尾多勢子 第三
第三 刀自始めて江戸に出で領主松平侯に謁す
嘉永四年、刀自はその夫淳齋に従ひて、はじめて江戸に出で、領主松平義建侯に謁見するを得たり。侯は、かねて、刀自の歌道に嗜み深きよし、聞き及びければ、側近く召して、斯の道のことゞも、語らひける折抦、たまたま、話頭は転じて、時勢の事に及びぬ。時に、刀自は、慨然として容を正し、皇室の式微を歎き、尊王の大義を述べけるが、もとより君を尊び、国を思ふの真心より出でしことなれば、の言ふところ一々理に中れるをもて、侯はいたくその志をめでられ、物をたまひ、かつ、
武士の手にとり見ればみすゞかる
しなのゝ真弓しなよくありけり
との和歌を添えて、厚くこれをもてなしたりき。
た せ 子
身につもるうさはわすれて君が代に
なみたゝぬ日をいのりくらしつ(松のかほり 清水謹一著 公論社刊より)