原始仏教講座 第六講(最終講) その十五

第六講 その十五
 七、敬けんにして、へりくだり、へりくだるということが重要な項目なんです。へりくだるの反対が高慢でしょ。慢心ですね。日本は経済発展してもうヨーロッパ旅行にでも行くと、札束持ってどんどん土産物買い漁るというわけです。戦争前アメリカ人が景気良かった時、ヨーロッパに行ってどんどん札びら切った、でヤンキーゴーホームと、アメリカ人はアメリカ帰れというふうに評判が悪くなった事があります。それは金の力に物言わせる、傲慢になっていたから。今の日本がそういうふうになりつつある。もうグアム島どころの話ではない。パリ、イタリア、イギリスというふうで段々傲慢になってきている。ところが本人は傲慢と少しも思わないんですね。今行かなければ、今行かなければ損だとなる。円高だからまるっきり損得で旅行に行っている。何をか言わんやですね。ようするに質素に、自分の生活一生懸命働くのは働くけれど、自分の生活、飲み食いにもう少し謙虚な気持ちで、質素に生きなということですね。満足し、恩を知り、よろしき時に法を聞く、これぞ最上の浄福なり
 八、よく忍び、ていねいにして、聖職とまじわり、ここが大事、聖職者、宗教者とまじわり、よろしき時に法談をなす、これぞ最上の浄福なり。ところが聖職とまじわり、日本で言えば坊さんでしょ、坊さんとまじわり時に法談をなす、個人的に宗教の話が出るかというわけです。お経をあげには来られるけれども、お話でもちょっと聞こうとすると、まあもうちょっと先急ぎますからと、さっさと次に行かれるというわけで、法の話を聞く時はないと。聞きたければお説教の時来なさい。お説教あるのはどこかというと、お説教のあるのは真宗ぐらいのもんでしょう。だから他はお説教は殆ど無い。だから法の話を聞きに行くことは出来ないわけですね。