原始仏教講座 第三講 そのニ十八

第三講 その二十八

簡単に言えば半年後に死ぬと、そう言われてあまりピンと来ないでしょう。ピンと来ないというのは死ぬということをなるべく考えまい考えまいとする、だから生きられるということもある。しかし極少数の人は、死ということを身近に持ってきて、というよりも、人間は死ぬ存在であるということを哲学的にもってくる。これが仏教なんです。お釈迦様の仏教は、まず死ぬということがあるじゃないかと、それが最大の苦しみである。ところが大概の宗教は死ぬ話をするっと抜けるんです。死後にいくんです。死後にいくとは、死んでからお浄土に行くというと、死ぬ話ではないでしょう。死んでから先、又生まれ変わる、キリスト教でも死んで天国に行くわけです。死ぬということをさーっと通り越す。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ 人気ブログランキングへ