岡留安則の「東京-沖縄-アジア」幻視行日記

岡留安則の「東京-沖縄-アジア」幻視行日記
■10月某日 京都大学山中伸弥教授がノーベル医学生理賞を受賞した。iPS細胞研究所の所長であり、今年50歳という若さでの受賞だ。ノーベル賞といえば、年配の受賞者が多く、その受賞の理由となった研究もかなり過去の成果が評価されるというパターンが多かっただけに、異例の受賞ともいえる。日本の政治も経済も低迷し、福島第一原発の事後処理、特に除染も遅々として進まず、外交でも無能力をさらけ出す中で、久々に世界的に明るい話題である事は間違いない。しかし、日本のメディアの相も変らぬフィバーぶりには首を傾げざるを得ない。  
  自民党総裁選でも、死に体の自民党が息を吹き返すような横並び大報道を連日のように展開した。官僚丸投げで無能の極致ともいえる野田民主党の支持率が下がるのは当然としても、一度終わった旧態然の自民党にも目新しさはまったく感じられない。安倍総裁も出戻りだし、潰瘍性大腸炎という難病による健康不安説も、オボッチャン体質も変わっていない。竹島尖閣問題で民族主義が高揚し、憲法を改正して核武装も必要というタカ派一直線が受けているのか。勇ましい発言で存在感を打ち出していた橋下徹大阪市長もだんだん化けの皮が剥がれてきた。メディア総体が、日本維新の会に批判的になるにつれ、人気も急下降。世論調査を見ても、期待感は一挙にしぼんできたことが伺える。
  そうしたメディア・フィバーのパターンが今回のノーベル賞受賞でもいかんなく発揮された。「なでしこジャパン」じゃあるまいし、各局からインタビューを受けて、山中教授もいささかウンザリ気味だった。特に、夜の生ニュース番組の最後はフジテレビ系列の「ニュースJAPAN」。新しく抜擢された男女のキャスターのつまらない紋切り型のインタビューに山中教授もいささか投げやりな発言を連発。なぜ、人工多能性幹細胞の分野に進出したのかという質問に「ヤケクソだった」と答え、臨床医から転身した理由についても「手術が下手だったから」とギャグのような返事。最後は若い人たちへのメッセージを求められて「先生も、教科書も信じるな」という強烈な皮肉を飛ばしていたが、フジテレビのキャスター二人には、何も通じていない様子だった(苦笑)。
  もっと笑ったのは、山中教授が受賞記者会見中に、野田総理が携帯に受賞のお祝い電話を掛けてきたり、文部科学省大臣に就任した田中真紀子大臣まで喜々として宅電で電話してきたことだ。山中教授のノーベル賞受賞に便乗して、人気回復をはかろうという浅ましい魂胆がミエミエだった。臨時国会開催も、党首会談も無視して、官僚の入れ知恵に乗ったパフォマンスだったのだろうが、総理の専権事項である国民栄誉賞授与で人気が回復した歴代総理はほとんどいない。そこまで国民はバカじゃない。こんな時勢に消費税を上げることを至上命題にするような官僚には、その辺の機微は分からないのだ。ま、その官僚提言に乗る野田も田中もアホなのかもしれない。山中教授は暗に文科省を批判しているのだゾ、田中真紀子大臣よ。
 それはともかく、田中教授がメディアの悪しき体質を一番痛感したはずだ。嵐のようなメディア攻勢に、自身の疲れもあって切れたのではないか。山中教授にしてみれば、これまでの地道な研究成果をもとに、これから難病や先進医療に具体的に実用化するという役回りが残されている。これからが本番であり、浮かれている場合ではないのだ。おそらく、12月10日のストックホルムでのノーベル賞受賞式にかけてメディア・フィバーは続くだろうが、研究の邪魔だけはしないという最低限の見識が必要だろう。山中教授の早期の受賞の背景には、この研究成果の実用化を人類の為に急げという期待感が込められているはずだ。メディアだって、報道すべきことはヤマほどあるではないか。オスプレイも本格訓練を始めるゾ。あ、村上春樹ノーベル文学賞はどうした?(笑)
2012.10.09